森岡が自身のUSJでの経験を回想しつつ、マーケティングの手法やコツについて書いた本だ。
森岡がUSJに入社する前、その経営は低迷していた。その立て直しを任されたのが、当時P&Gでマーケティングを担当していた森岡だった。彼がその改革として、最初に行ったことが「USJを映画のテーマパークから脱却させること」だったという。
その名前からもわかる通り、USJはユニバーサル社の映画をモチーフにしたアトラクションを多く揃えており、特に開業当初から働いている社員の中には、「USJは映画のテーマパークであり、そのことで東京ディズニーランドと差異化を図っている」という意識が強かった。そのため、森岡が提案した「脱・映画のテーマパーク」計画には、社内から大きな反発があったという。しかし、森岡はこの路線を強固に提案した。
それはなぜか。森岡曰く、このような「映画のテーマパークである」という純粋な理念が、逆に経営戦略としては誤った方向を向かせていたからである。森岡はこれを「誤ったこだわり」と呼んでいる。この「誤ったこだわり」のために、顧客の要望とは離れたところで、企業の自己満足になってしまっている経営施策が行われていたのである。
例えば、かつてUSJで行われていたあるショーは、海賊船が登場するものだった。「映画のテーマパーク」としての矜持を持つUSJは、その海賊船の本物らしさを演出するために、船のエイジング加工を徹底して行った。「まるで映画」のようにするためのこだわりだというわけだ。
しかしその結果、ショーを見た観客からは「船が汚すぎる」という苦情が来てしまったのだという。まさにこれは「誤ったこだわり」、つまり理念の純粋主義が経営判断を誤らせた一例であろう。
森岡はさまざまなデータを用いて、社員が持つ「USJは映画のテーマパークであるべき」という考えを解きほぐしていった。そして、顧客が本当に望むアトラクションやショーのあり方を検討したのである。その結果として、アニメやマンガ、ゲームなどを大胆に取り入れたUSJの新しいアトラクションやショーの姿が生まれていったのである。
現在のUSJには、スーパーマリオやONE PIECEをはじめとする、アニメ・マンガをテーマとしたイベントやアトラクションが数多く存在している。
多くの論者が指摘しているように、一見すると、こうしたUSJの姿は初期の「映画のテーマパーク」という軸から遊離し、迷走しているかのような印象も与える。
しかし、USJの業績がV字回復したことが示しているように、それらは顧客に支持されるものとして必然的にそのような姿になっていったのである。
逆にUSJが「誤ったこだわり」によって理念の純粋主義を貫いていたとしたら、他のさまざまなテーマパークと同じく、経営を続けることは難しかったかもしれない。森岡は「マーケターは『消費者目線』を基本にしないとアイデアも戦略も判断も全てにおいて焦点がズレる」と明快に書いている。
「誤ったこだわり」から脱却するための唯一の方法はさまざまな方法を用いながら「消費者目線」を徹底することなのである。
すでに私たちが確認したように、スタバにおいても同じような「誤ったこだわり」への傾倒があった。シュルツがスタバを一度退社し、自身のカフェである「イル・ジョルナーレ」を立ち上げたときのことである。彼は本場イタリアのカフェをアメリカに作りたいと願い、店内でオペラを流したり、イタリアのスタイルに合わせて立ち飲みだけの店を作った。
しかし、それがことごとく顧客に不評だったのである。オペラはBGMとしては耳触りがよくないし、座ってコーヒーを飲みたい客もいる。いわば、シュルツは「誤った純粋主義」が引き起こす問題を、スタバの経営に本格的に乗り出すよりも前に体得していたのである。そこでの経験がフラペチーノへと活かされていったのである。