前回までは、スタバがグローバルチェーンへと拡大していく歴史を追いながら、その過程の中で「フラペチーノの商品化」や「サードプレイスの提唱」といった施策の中で、スタバに「矛盾」が生じてきたことを指摘した。
例えば「フラペチーノ」の販売において、シュルツは自身が持っていた「本物のコーヒーを提供する」というこだわりが、時に顧客側の要望と正反対の方向を向いてしまうことに気づいた。その結果として、顧客の要望に合わせる形で、本来、コーヒーとは全く異なる商品であるフラペチーノが大々的に売り出されることになったのである。
そして、フラペチーノは今や、スタバを代表する商品の1つになっている。いわば、「矛盾」こそがスタバをグローバルチェーンにしたのである。
今回は、前回の話を受けて、少しだけ角度を変えた話をしてみたい。というのも、これまでのエピソードで取り上げた「フラペチーノ」や「サードプレイス」についてのエピソードは、マーケティング的な観点から考えても、非常に興味深い示唆を私たちに与えてくれると思うからだ。
フラペチーノの話がどのようにマーケティングにつながるのか。この話はいわば、企業における理念を純粋に貫き通すこと(純粋主義)と、企業の理念を少し変えてでも顧客の視点に立って経営を行うこと(顧客主義)との対立だと言い換えることができるからだ。
本連載の第2回で確認した通り、スタバはその創業当初、こだわりのコーヒー豆を提供する、シアトルという地元に根付いた小さなコーヒーショップとしてスタートした。そして、その理念を受け継ぐ形でハワード・シュルツがスタバの経営にあたったわけだ。
しかし、フラペチーノの商品化においてシュルツが行ったのは、そのような経営理念を純粋に貫き通すことではなかった。店側のこだわりを顧客に伝えるのではなく、顧客側の観点から商品開発や店舗設計を行う「顧客主義」への転換を図ったのである。
こうした「顧客主義」への転換は、フラペチーノの例だけでなく、ノンファットミルク(無脂肪乳)を取り入れるかどうかの議論においても焦点となったことだったと、シュルツの自伝『スターバックス成功物語』に書かれている。
実は、このような「純粋主義」対「顧客主義」はスタバに限って見られることではない。むしろマーケティングの世界においては、常に多くの人が悩まされている問題なのではないか。
そのことを証明する一冊の本を紹介しよう。それが、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの復活の立役者であり、現在は沖縄北部に誕生する新テーマパーク「ジャングリア」の建設に携わる森岡毅の著書『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きで走ったのか?』である。