かつてはファッションに敏感な人たちが集まってきていたが、今はわざわざ足を伸ばして買い物に来る人が減ったことが大きな要因というわけだ。
「東横線が東京メトロとの直通運転を開始したことで、高級な買い物をしたい人は新宿三丁目の伊勢丹まで出かけるという流れもできています。もっとも典型的なのは代官山で、急行も特急も停まらず、渋谷の再開発の煽りを受けて人の流れもなくなっています。自由が丘は急行・特急は停まりますが、商業的立ち位置としては中途半端になってしまいました。
またこれまで自由が丘を支持していた層の高齢化や価値観の変化によって、展開しているブランドショップ側から見ても、流行の違いや若い方々の購買行動とのズレが、とりわけ東横線沿線では顕著に出ており、時代に取り残され気味といえるのかもしれません」(同)
東急グループといえば、駅ごと、町ごとの開発に注力することが知られているが、現在は自由が丘に力点を置いていないということか。
「一概にはいえませんが、東急沿線は古い街が多く、再開発ができる素地が多くありません。自由が丘に関しても、仮に新たに作り変えようと考えても、時間も費用も莫大にかかるのは間違いありません」(同)
先般、リクルートが発表した「住み続けたい街ランキング」で自由が丘は27位と、決して高くない。かつては「住みたい街」の上位に名を連ねていたが、実際に住んでみると、あまり住みやすくないといった側面があるのだろうか。
「昨今の都心居住志向の高まりから考えると、オフィスなどに近いともいえず、自由が丘は“半端な距離”といえるのかもしれません。かつての人気で土地代が高くなりすぎ、郊外のように広い居住空間を構えることも容易ではないので、半端な場所になってしまった感がいなめず、そのあたりが嫌われているように思えます」(同)
バブル期以降、平成の時代まで自由が丘は若者が多く集まり、常ににぎわっていた。それが今や人が集まる街ではなくなりつつある。今後、自由が丘はどのような街になっていくのだろうか。
(文=Business Journal編集部、協力=牧野知弘/オラガ総研代表取締役)