こうした実態が知れわたるようになると、他大学よりも就職先の選択肢が多い東大生にとって、官僚の魅力が薄れて「憧れの職業」から外れていく。国家公務員試験の合格者が減少傾向をたどるのは必然である。
インターネットなどを通して官僚の実態が赤裸々に明らかにされ、メディアの官僚叩きと相まって、とうに官僚の社会的地位と職業威信は低下した。すでに「お上」は死語に等しい。政治家との関係のあり方も、官僚の魅力を毀損させた要因のひとつだ。官僚は政策に疎い政治家を巧妙に操っていると流布されるが、現実はさにあらず、乱暴な言い方をすれば、官僚は政治家のパシリのような存在である。
「これだけ政治家との関係が従属的なものになると、官僚は馬鹿らしくてやっていられないと思うはずだ。これまでのように敬意を持って扱われず、一方的にいろいろと命令され、こき使われて何が楽しいのかと疑問に思うようになるのではないのか」(中野氏)
卑近な例ではモリカケ問題をめぐる国会答弁で、財務官僚と経産官僚が、政権に拘禁されて虚言を繰り返す無様な立ち位置を国民にさらした。およそ「ノブレス・オブリージュ」とは程遠く、一片の矜持すらも感じられない姿を見て、青雲の志が芽生えた東大生はいたのだろうか。
官僚人気の凋落は離職者の増加にも反映されている。6月9日に発表された「2022年度公務員白書」によると、総合職試験採用職員の20年度の退職者数は13年度に比べ33人(43.4%)増加した。在職年数別の退職者数は、3年未満、5年未満、10年未満で増加している。それだけではない。内閣人事局が実施した「令和3年度働き方改革職員アンケート結果」を見ると、数年以内の離職意向がある者は6%近い。とく30歳未満で高く、男性 は13.5%、女性は11.4%。若年層で退職以降が高くなっている。
長時間労働や政治家への従属など、さまざまな職場環境の問題は昔から常態化している。この10年で離職者が増えた背景には、転職市場の拡大が挙げられる。厚労省の調査では、08年に335万人だった転職者数はリーマンショックで落ち込んだが、11年から人手不足などを背景に右肩上がりで増え続け、19年に353万人を記録。コロナ禍で落ち込んだが、その後は回復基調にある。官僚の離職者が増えた時期とほぼ合致する。官僚としてキャリアの先が見えず、働きがいを失えば現職に踏みとどまる必要などまったくない。中野氏は「転職市場が整備されたので離職には歯止めがかからないだろう」と見ている。
では、待遇の重要な要素のひとつである給与はどうなのだろう。先の厚労省OBは「仕事がハードでいろいろと辛い思いをするのに、とにかく給料が安い」と語るが、これが典型的な受け止め方である。しかしキャリア官僚の年収に限れば、民間企業の平均を上回っている。キャリアの年収は、大まかに見ると課長補佐(30代)が約750万円、課長(40代)が約1200万円、局長(50代)が約1800万円、事務次官(50代後半)が約2400万円。民間企業の平均年収は「令和4年賃金構造基本統計調査」のデータでは、大企業と中小企業に差はあるが、平均すると課長(48歳)は858万円、部長(52歳)は1000万円である。
この官民格差にあって、なぜ官僚の間に給料が安いという認識が定着しているのか。管理職の仕事は民間企業も官僚と同様に激務で、どちらのほうが激務かは一概に比較できない。中野氏は次のように説明する。
「どの規模の企業と比較するかの問題である。年収の比較対象としてキャリア官僚の頭にあるのは、東証プライム上場企業と外資系企業だ。東証プライム上場の企業の役員なら年収1億円を超えるが、キャリア官僚には、彼らと同じような労力で同じようなレベルの仕事をしているという思いがある。にもかかわらず事務次官でも年収が2000万円台では低いという評価になる」