日本の株式市場において、経営陣が会社を買収するMBOによる非公開化、つまり上場廃止を選択する企業が増加している。2023年後半には、ベネッセホールディングス(HD)、シダックス、ジャパンベストレスキューシステムなどが相次いでMBOを発表した。23年を通してMBOは17件となり、12件だった前年を上回ることとなった。MBOの総額も1兆4000億円を超え、過去最大となっている。
そのようななかで大正製薬HDは11月24日、MBOによる非公開化を発表した。買収するのは大正製薬HDの創業家一族で現社長の息子、上原茂(47)副社長が代表を務める大手門株式会社で、買付期間は23年11月27日から24年1月15日まで。買付価格は一株8620円で総額約7100億円に上る。これは11月24日の終値の約1.5倍の価格で、国内では史上最高額のMBOとなる。
なぜ大正製薬HDはMBOに踏み切ったのか。大正製薬HDの前身の大正製薬は、大正元年の1912年に大正製薬所として創業、現在もOTC(市販薬)の風邪薬として市場シェア約30%を占めている「パブロン」を1927年に発売。55年には日本国内で誰もが知ることになる「ワシのマーク」を制定した。62年には栄養ドリンク「リポビタンD」を発売。これが空前の大ヒットとなり、大衆薬メーカーとしての地位を確立。高度経済成長で拡大する消費者のニーズに対応し、全国的な生産・営業体制を整備すると同時に研究開発投資を強化するため、翌年63年には東証二部(当時)に上場を果たし、66年には東証一部に鞍替えしている。2011年には持株会社化して現在の大正製薬HDに至るが、前身を含めれば60年以上にわたって上場を維持してきた歴史がある。
しかし株価は18年10月3日の1万4130円をピークに、23年には6000円を下回り、PBR(株価純資産倍率)は直近で0.5倍程度となっていた。24年3月期見通しが全体として増収増益となっているが、23年3月期まで医薬品部門は2期連続の赤字を計上。24年3月期も医薬品部門で過去最大の営業赤字を見込んでいる。23年11月には早期退職制度を実施したと公表するなど、医薬品部門の立て直しが喫緊の課題となっている。
大正製薬HDは、これまで上場について独自の考え方をとってきた。22年に東証が市場再編を行ったときには東証一部に上場していた大正製薬HDはプライム市場ではなく、スタンダード市場を選んだ。プライム市場では、外国人投資家が投資しやすいよう上場企業の財務情報の開示を英文で行うことを義務付けている。このような負担に経営上のリソースを割くことに意義を見いだすことができず、大正製薬HDはあえてスタンダード市場を選択した。
さらに、23年には東証がPBR1倍以下の上場企業に対して24年3月までに改善策を開示・実行するよう要請した。これを受け、すでに一部のPBR1倍割れ企業では改善策を開示し、自社株買いや資本コストの見直しなどを進めているところもある。大正製薬HDは有利子負債ゼロの無借金経営で23年3月期末の自己資本比率は82.9%と極めて健全な財務体質だが、株主還元方針については従来の方針を維持しており、PBR改善策についてはまだ公表していなかった。上場を継続することについての経営戦略上の意義について再検討したことも、大正製薬HDのMBOの背景にあったものと考えられる。
株の買付者は次のように述べ、上場維持が大正製薬HDの成長戦略にとって障害となっていると指摘している。
「株式上場を継続する限りは株主を意識した経営が求められ、短期的な利益確保や分配への配慮が必要になることから、短期的なキャッシュフローや収益の悪化を招く先行投資や抜本的な構造改革等の中長期的な施策実行の足かせとなる可能性が高い」