2010年代前半に起きたアラブの春の混乱で中東、アフリカからの不法移民がEUに大量に流入して、欧州政治を混乱させたことは記憶に新しい。欧州政府の必死の対応により2015年の182万人をピークにその後は大きく減少し、2020年にはコロナ感染拡大もあって12万6千人にとどまった。しかし、コロナが収束するにつれて再び増加に向かい、2022年は33万人、2023年は50万人を遥かに超える勢いを見せている。最近の事件としてはチュニジアを経由した不法移民が1週間で1万2千人もシチリアとチュニジアの真ん中にあるイタリアの観光地ランペドゥーザ島に流れ着き大騒ぎになった。
不法移民が再び急増していることから、シェンゲン協定に加盟しているEU加盟国のなかで一時的な国境検査を導入する動きが出ている。10月、オーストリアはすでに実施しているハンガリー、スロベニアの国境検査に加えて、スロバキア国境の検問をポーランド、チェコと3カ国共同で実施することにした。フランスはイタリア国境の検査を増やし、ドイツは違法に国境を超える移民対策としてポーランドとチェコの国境付近の警察によるパトロールを始めた。
国内政治的には不法移民の急増につれて、EU各国で再び極右勢力の台頭が目立っている。ドイツ極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は連邦議会では第5党だが、10月の地方選挙で躍進し、ショルツ連立政権に打撃を与えた。また、最近の政党支持率では22%とキリスト教民主同盟・キリスト教社会同盟(CDU/CSU)の31%に次ぐ、第2位の勢力に踊り出ている。オーストリアでは極右ポピュリスト政党「自由党」が2019年総選挙で20議席減の31議席と大敗を喫したが、移民問題の再燃により最近の世論調査では支持率トップに躍り出ている。イタリアではサルビーニ元副首相の「同盟」、フランスではルペン党首の「国民連合」の支持率も拡大傾向を見せている。
このように極右政党の支持率上昇を受けて、各国政府も従来の移民対策では政権が持たないとの危機感から、より厳しいEU移民ルールの策定に向けて動き出している。しかし、ハンガリーやポーランドは新移民ルール、特に移民の加盟国間の移送、割り当てに強く反対しているが、EU移民ルールは全会一致でなく特定多数決で決まるので、西欧と東欧の加盟国間で感情的なしこりが残るのは避けられないようだ。
問題は移民問題のストレスからウクライナへの追加支援に影響が出る可能性があることだ。独裁色を強めているハンガリーのオルバン首相はもともとロシア寄りのスタンスだが、「ロシア制裁でむしろ打撃を被ったのはハンガリーだ」と述べ、ウクライナへの追加支援にネガティブな発言を繰り返している。スロバキアのフィツォ首相も「スロバキアはウクライナ以上に大きな問題を抱えている」と発言してウクライナへの支援停止を訴えている。
その他EU加盟国のなかでもウクライナへの関心が低下していることが世論調査でも示されている。市民感情としては「ウクライナ支援より国民生活を重視せよ」との意見が大きくなっている。一方、政府の立場でウクライナよりも不法移民問題に関心が移っているのは、極右勢力の台頭を危惧してのことであり、不法移民に対する国民の感情悪化が来年の欧州議会選挙で極右の議席数を大きく押し上げることを憂慮している。
欧州が不法移民で混乱している最中に、10月にイスラエル・ガザ戦争が勃発したことで、ますますEUのウクライナへの関心が低下する方向にある。EUのウクライナ支援が滞れば、戦争継続に支障が生じて、戦局に大きな影響が出るのは避けられない。EUの移民問題はウクライナにとっても相当に深刻な問題になりそうである。
(文=中島精也/福井県立大学客員教授)