長年、自動車販売の最前線を担ってきた「トヨタ」や「ホンダ」といった看板を掲げるメーカー系列のディーラーの存在意義が試される発表がされた。今年7月から、三菱自動車との協業で電気自動車(EV)の販売を開始した家電量販店のヤマダデンキが、この秋からEVと一戸建て住宅などのセット販売に乗り出している。
自動車メーカーと鉄の結束をもって成長してきた国内ディーラーは新車購入を入口に、車検や整備といったサービスの提供で顧客との関係性を構築し、そして次の車の購入の提案するビジネスモデルで安定した収益をあげてきた。ヤマダデンキが打ち出した新たな販売戦略は、自動車ディーラーが構築してきたビジネスモデルを脅かすのだろうか。自身で中古車販売店も営んでいる自動車ライター、桑野将二郎氏に話を聞いた。
ヤマダデンキのEV販売強化の影響で、ディーラー業界の業態のあり方に大きな変化をもたらすのだろうか。
「結論からいうと、既存のディーラー業界は大きな変化を求められると考えています。EVの普及により顧客が家電量販店に買いに行くようになるだろうと、私は15年以上前から予想していました。実際、ヤマダデンキはEVを『新しい家電』と位置づけ、太陽光発電と住宅を組み合わせた売り方を提案しています。これは既存のディーラーではなかなか持てない視点でしょう。
またEVだけの影響に限らず、市場の変化もディーラー業界に影響をもたらしています。かつてはステータスの象徴として重要視されていた自動車は、今の若者にとってはこだわりを持たない移動手段のひとつでしかなくなってきています。壊れず安く安心して走れるEVが普及すれば、多くの消費者の目線はそちらを向いてしまうでしょう。今の家電量販店のように多数の選択肢のなかからあえて自動車を選んでもらえるようにする工夫など、これまでと違った視点が必要だと考えます」(桑野氏)
かつては家電メーカーの名前の入った小規模な販売店が多く見られた。そんな街の電器屋さんが淘汰され、さまざまな製品を扱う家電量販店に移り変わっていったようなことが、自動車業界でも起こるのだろうか。
「十分考えられると思います。さらにいえば、海外ではテスラのEVがシェアを増やしてきており、グーグルやアップル、ソニー、ファーウェイなどが自動車業界への参入を表明しています。スマホと同じような感覚でEVが購入できる時代がきてもおかしくないと考えています」(同)
国内市場の変化や海外企業の進出など、ディーラー業界を取り巻く環境は決して明るいとはいいがたいが、ディーラー業界に変化の兆しはあるのだろうか。
「目に見えた大きな変化が起きているとは思っていません。それよりも下降気味の業績や、半導体不足などから起こる新車の生産性の悪化など、目の前の危機に注力せざるを得ない状況です。ディーラー業界は自動車メーカーとの関係性が強固であるため、ヤマダデンキのような思い切った戦略は取りづらいという面もあると思います」(同)
今後、国内のEVシェア率が大きくなれば、ディーラー業界には大きな変化が起こるのだろうか。
「音楽の分野において、40年前くらいまではレコードやカセットテープで聴くのが定番でしたが、今では多くの人がスマホなどデジタル環境で聴くようになりました。かつてのアナログなメディアは、一部のコアなファンが懐かしみながら楽しむ趣味の世界へと変わっています。自動車の業界も、そうなっていく可能性は十分にあるでしょう。だとすると、ディーラー業界はこのままでは、一部のコアな自動車好きのための存在になりかねません。ただ、それでは今の収益を確保するのは難しいでしょう。
一方で、EVはエンジンで走らせる自動車に比べて、シンプルな構造で部品点数も少なく、製造しやすいといえます。そのため、EVのモーターやバッテリーなどプラットフォームづくりの環境さえ整えれば異業種からの参入も加速する可能性があります。充電設備や安全面などの課題がクリアされたら、EVのシェアはどんどん拡大していくでしょう。
既存のディーラーは、これまでの自動車販売の延長線にEV販売を考えるのではなく、まったくの別の産業として考える必要があります。今後、技術が進歩して自動運転が当たり前になれば、運転免許がなくてもEVに乗れる時代がくるかもしれません。免許を持たない人が消費者になりうるわけですから、根本的に考えを変えないといけないでしょうね」(同)
(文=LUIS FIELD、協力=桑野将二郎/自動車ライター)