ドイツ経済の不振が顕著だ。9月に発表された欧州委員会の経済見通しによれば、ユーロ圏GDP成長率は2023年0.8%、24年1.3%だが、ドイツは23年▲0.4%、24年1.1%と引き続きユーロ圏平均を下回る伸びとなっている。恐らく23年はG7の中でドイツが唯一のマイナス成長国となるだろう。ドイツ経済の不振は基本的には新冷戦、即ちウクライナ戦争と米中対立が原因となっている。第1のウクライナ戦争の影響であるが、独露蜜月の象徴だったロシア産天然ガスのパイプライン「ノルドストリーム」がロシアから一方的に遮断されたため、ドイツは安価で豊富なロシア産天然ガスを利用できなくなってしまった。当初はロシア産天然ガスなしで厳しい冬を乗り切れるのか危機感が高まったが、ロシア産ガスの消失分をノルウェー産ガスとオランダ産ガスのシェア増量や、米国からのLNG代替輸入で何とか必要量を確保することができた。
しかし、高い価格でなりふり構わず天然ガスを買い漁った結果、ガス代、電気代のコスト増は明白で、家計や企業にとって重すぎる負担となって跳ね返ってきた。その後、ショルツ政権の補助金のお陰で落ち着きを見せているが、エネルギーショックがドイツ経済に与えた後遺症は相当に重症のようで、ドイツ企業がドイツの中長期的なエネルギー見通しに不安を覚えるようになっているのは明らかである。ドイツは今年4月に懸案の脱原発が完了したが、それを埋め合わせる環境への負担の少ない再生可能なグリーンエネルギー・インフラの建設が遅れている。またパワーグリッド(電力送配電網)の12000kmの拡大計画も4分の3がまだ建設許可が降りておらず、将来不安が渦巻いている。
今年8月にドイツ商工会議所が発表したエネルギー報告書によれば、ドイツ企業の52%がドイツのエネルギー構造転換は競争力にネガティブなインパクトがあると回答している。また、ドイツ企業の32%が今後、国内生産より海外生産を増やすと回答している。海外シフト候補地の1つが米国であり、シェールガスなどエネルギーが豊富なこと、インフレ抑制法によりクリーンエネルギー投資に3690億ドルの補助金が提供されるなど、ロシア産ガスから遮断されたドイツ企業には極めて魅力的に映る。しかし、同時にそれはドイツの産業空洞化を進行させるリスクがあるだけに、深刻な問題もはらんでいる。
一方、米中対立の影響も無視できない。メルケル首相は在任16年間、ドイツ製品の輸出先として巨大な中国市場を見据えて、官民一体で中国との経済関係強化を推し進めてきた。しかし、今年のドイツの中国向け輸出はこれまでのところ、前年比10%近い減少を記録している。理由はインフレ加速とユーロ高による価格競争力の低下である。さらに、米中対立でG7に属するドイツは米国寄りの国という認識が中国で徐々に広がりつつあり、化学メーカーBASF、総合家電メーカーBOSCH製品の売上げが減少したり、フォルクスワーゲンなどのドイツ車から国産車への需要シフトが起きている。
また、中国経済自身が地方政府の債務問題、不動産バブルの崩壊、共同富裕の推進による起業家の投資意欲の減退という内憂を抱えている。外交面では米中対立による西側技術へのアクセス制限、西側のサプライチェーンからの締め出しという外患もあって、中国経済の潜在成長率の低下は避けられない。
このようにロシア産の安価で豊富なエネルギーと巨大な中国市場を輸出先として成長するドイツ成長モデルはウクライナ戦争と米中対立という新冷戦への移行により崩壊は避けられず、ドイツで産業空洞化の進行が懸念される深刻な事態を迎えている。
(文=中島精也/福井県立大学客員教授)