「もともとこの調査を行ったのは、日本数学会で会員や大学教員を対象としたアンケートで『論理的文章を理解する力、論理を組み立て表現する力が学生から失われつつある』と危惧する声が多数挙がっていたことがきっかけでした。そして12年にこの調査結果を発表し、明らかになった問題点をふまえ、まず中等教育機関に対しては、『充実した数学教育を通じ論理性を育む。証明問題を解かせる等の方法により、論理の通った文章を書く訓練を行う』ことを提言しました。また、大学に対しては『数学の入試問題はできるかぎり記述式にする。1年次2年次の数学教育において、思考整理と論理的記述を学生に体得させる』という提言をしていました」(同)
実は、大学生の数学の学力低下傾向が見え始めた時期を探ると、さらに時代を遡ることになるという。
「1990年代の初頭からすでに、大学1年次の数学の学力低下が問題視されていました。原因は80年代に学習指導要領が改訂され、それ以前より内容がやさしくなった部分や学ばなくていい範囲ができたことにあると考えています。改訂された学習指導要領で90年代に学生時代を送ってきた人たちがいま、30代、40代になり、指導する側になっています。そういった背景もあり、いまの教員は自分の数学の学力に確固たる自信を持って指導している人が減ってきているように感じます。そして、学生が何か質問してきたとしても、学生の疑問をきちんと解消できる説明ができていないといったケースも、少なくないのかもしれません。ですから学力低下の問題が表面化してきた90年代初頭から比べても、現在の大学生全体のレベルはさらに落ちてしまっているのではないでしょうか」(同)
ここで、大学生の学力低下を別軸で遡って考えるべく、近年の小学生の算数の学力について触れておこう。今年4月に行われた小学6年生と中学3年生を対象とした「全国学力・学習状況調査」の結果を、7月に文部科学省が公表し、小6が三角形の面積、基本問題で正答率が21.1%だったということが大きくクローズアップされた。現在の小学生の算数のレベルも下がっているとすると、このまま大学生の数学の学力低下にも歯止めがかからない可能性は否定できない。そして、数学の学力が低いまま社会に出てしまうと、なんらかの弊害が伴いそうである。
「1000円の2割引きがわからなくても、そこまでの実害はないでしょう。もし、急に何かの計算をしなくてはいけない状況になったとしても、スマホに電卓アプリも入っていますから、表だって困ることはほとんどないと思います。ただし表面化していないだけで、不利益をこうむってしまうということは、かなりあるような気がしています。
数学を学ぶことは、論理的な思考力を育むことでもあります。ですから、数字が関係ない日常生活の場面でも数学の学力が高い人ならば、何か問題に直面したときにも、どういう原因があるのかということを的確に読み取り、建設的に解決策を導き出していけるものです。逆に数学の学力が低い人は、論理的な思考を放棄してしまって、どうすればその壁を乗り越えられるかと考えられなくなってしまうかもしれません。そのように数学の学力が低いことで起こる不利益や弊害は、表向きにはわかりづらいところで出てきているのではないでしょうか」(同)
では算数・数学の学力の低下問題は、どうすれば解決できるのだろうか。
「先ほどお伝えしたとおり、現在の教員が自身の数学の学力に自信を持てていないという問題もあるので、数学の訓練をきちんと受けた教員を増やしていく体制を整える必要があります。また、小・中・高の授業で、1人の教員が1クラス30人の生徒を指導するという形式に限界があるように感じます。30人もいると、ひとりひとりの疑問を丁寧に解消していく余裕はないはず。ですから1クラスの人数を20人ぐらいまで減らすことや、もしくは1クラス30人に対して1人の教員だけでなく、もう1人教えられる助手のような人員を配置するといった対策をしていくべきでしょう。
また、高校の段階で文系・理系と分けるのもやめたほうがいいと個人的には考えています。日本の高校では文系・理系で分けていきますが、欧米などの海外諸国では高校の時点で分けるということはほとんどありません。数学が苦手だから文系に進むという生徒も多いと思いますが、18歳ぐらいまでは不得意な教科にもまずは取り組んでみて、その問題を解くためにはどうすればいいのかと、試行錯誤して考えてみるという経験が必要だと思うのです。
大学の入学試験でも、文系学部でも数学のテストを受けさせたほうがいいし、逆に理系学部でも国語のテストを受けさせたほうがいいでしょう。これは数学の学力を下げないためという理由だけでなく、大学生の全体の学力を下げないためにも重要だと考えています」(同)
(取材・文=昌谷大介/A4studio、協力=坪井俊/武蔵野大学工学部教授)