スズキ、ドル箱のインド市場で窮地…急速にシェア低下、EV出遅れ・子会社売却も

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スズキのHPより

 スズキの経営の柱であるインド事業の先行きが懸念されている。スズキは100%子会社のスズキ・モーター・グジャラート(SMG)を、マルチ・スズキ・インディア(以下、マルチスズキ)の子会社にすることを発表した。SMGは、スズキのインド事業を成長させるために重要な役割を担う生産子会社だ。SMGがマルチスズキ傘下に入ることで、スズキのインドでの生産体制は一本化されることになるが、スズキのインド事業のリスクが高まることも懸念されている。

 スズキは日米欧の先進国自動車メーカーが見向きもしなかった1982年にインドに進出した。スズキが26%出資したインド政府との合弁会社「マルチ・ウドヨグ」を本拠地に、早くからインドの自動車市場を開拓してきた。1992年には出資比率を50%へ、2002年には54%にそれぞれ引き上げてスズキの子会社とし、07年に現社名のマルチスズキに変更した。

 インドが新興市場として注目され、大手自動車メーカーが相次いで参入しても、スズキは50%を超える圧倒的な市場シェアをキープしてきた。市場の成長性や存在感からインド事業を重視してきたスズキだが、12年に激震が走った。マルチスズキの主力生産拠点のマネサール工場での暴動だ。職場環境に不満を抱えた従業員が事務所に放火するなど暴徒化し、1人が死亡、100人以上が負傷する事件が起こり、工場は1カ月にわたって閉鎖した。事件にはインド特有の差別意識が背景にあるとされた。公式にこの事件を理由とはしていないものの、スズキが14年4月、100%出資して設立した生産子会社がSMGだ。SMGが生産した車両はすべてマルチスズキで販売している。

 SMG設立は、生産の効率化による競争力強化は当然ながら、宗教や身分によって働く人を差別しない日本式の労働環境を導入することで、従業員の不満をなくすことを目指した。もともと国営企業だったマルチスズキで古くから働く従業員の意識を変えるのは難しい。スズキ車を生産する完全子会社を設立することで、インド生産でのリスク低減を図った。

マルチスズキの経営への関与強化

 スズキがSMGを設立したのには、もう一つ理由がある。それはインド事業で経営の自由度を確保することだ。マルチスズキは06年にインド政府が保有株式を売却して完全民営化され、現在は上場している。スズキ以外の大株主の多くは金融機関だ。マルチスズキが長期的な戦略を展望して、事業拡大のための研究開発や設備投資に重点を置こうとしても、大株主の金融機関から配当を求められるなど、経営に制約がある。これに対してSMGなら、スズキ本社がある程度、自由に裁量できる。

 こうしたなか、スズキがSMGを手放し、マルチスズキに移管するのは、インド事業の強化を迫られているためだ。インドでは韓国の現代自動車や、地元のタタ自動車などが勢力を拡大しており、これまで確固たる地位を築いてきたスズキはシェアが40%を割るレベルに低下するなど、窮地に立たされている。さらに都市部での大気汚染問題が深刻なインドでは、電気自動車(EV)などの自動車の電動化が急加速すると予想する声もあるが、スズキは電動化では遅れている。このままではさらにシェアが低下することも懸念される。

 スズキはインドでの生産能力を増強することで、以前のような高いシェアを取り戻す戦略だ。マルチスズキが25年稼働予定のカルコダ新工場を建設するなど、インドで生産能力を100万台増やす計画を策定しており、30年度までインドで生産能力を400万台に増やす。そして、これら能力増強のための投資はマルチスズキに頼らざるを得ない。23年3月期のスズキの当期純利益は2211億円。これに対して子会社であるマルチスズキの純利益は1396億円だった。スズキグループでマルチスズキは稼ぎ頭だ。SMGをマルチスズキの子会社にすることで、生産を効率化するとともに、競争力を強化し、収益力を高めて生産能力を増強するための資金を確保する。

 スズキはSMG株式のマルチスズキへの売却に伴い、マルチスズキが第三者割当増資で発行する株式を取得する予定で、マルチスズキへの出資比率をさらに引き上げる予定だ。これによってマルチスズキの経営への関与を強めていく方針だ。インド経済は発展しており、自動車市場も拡大しているが、宗教や階級差別による事件は依然として発生している。シェア低下などの危機感から完全にコントロールできる生産子会社を手放し、リスク軽減より中身をとったスズキは、今後大きな代償を払わされかねない。

(文=桜井遼/ジャーナリスト)