サイゼリヤ、なぜ「値上げなし」でも利益3.4倍増に…コンビニサイズ店舗の狙い

 それによってサイゼリヤはより多くの客数を確保できる店舗運営体制を実現した。その上で、出店を増やし、固定費を回収した。ただ、これまでのやり方で国内事業の収益性を高めることは難しくなっている。人手不足、物価高騰などによって、コストプッシュ圧力は高まった。出店を増やし固定費を回収するために、新しい店舗形態の必要性は高まった。

 2021年4月、東京都内にサイゼリヤは、コンビニが入っていたスペースに店舗をオープンした。平均的な店舗よりも面積は狭い。運営コストを抑え、客単価を引き上げる工夫が散りばめられた。例えば、店内に大型の冷凍庫が設置され冷凍の「辛味チキン」などが販売されている。消費者は、食事、自宅での食材の購入を同時に済ませることができる。店舗が小さいため、運営に必要な人数も少なくて済む。メニュー提供のスピードを引き上げるためにセントラルキッチンの改良も加えられたようだ。それによって、サイゼリヤはテナント料の高い都市の中心地への出店を強化し、経営資源(ヒト、モノ、カネ)の回転率の向上につなげたい。

 7月10日にはテイクアウト販売の縮小を発表した。世界的なチーズ価格の高騰などを背景に、粉チーズ(グランモラビア)の無料提供も終了する。共通するのは、店舗運営のスピードを高め、面積あたりの収容可能客数を引き上げて収益性を高めることだ。

わが国飲食業界の競争は激化の可能性

 小型店舗の運営体制を強化する。人気メニューなどの開発体制を強化し、より多くの需要を取り込む。価格を据え置くために、無料で提供してきたトッピングを減らし、浮き出た店舗スペース活用して客単価の向上につなげる。国内で獲得した資金を海外事業に再配分し、成長期待の高いアジア新興国地域などで出店を増やす。当面のサイゼリヤの成長戦略といえる。

 戦略実行に従い、国内の飲食業界に無視できない変化がもたらされるだろう。特に、無料で提供されてきたトッピングに関する常識、価値観は大きく変容する可能性が高い。サイゼリヤが無料チーズの終了を決めた一つの要因は、すべての客が必要としているわけではないからだろう。粉チーズを使いたい人は、必要な料金を負担する。それは、本来あるべき姿だ。その価値観を消費者と徐々に共有することができれば、サイゼリヤは人気メニューの価格を据え置くゆとりが生まれる。無料トッピングを用いた迷惑動画がSNSにアップされ問題にもなった。必要に応じて自己負担でサービスを消費することに安心を感じる人もいる。

 サイゼリヤは、支出意欲など消費者の心理に応じた選択肢を提供し、主力メニューの価格据え置きを目指す。その考えが支持されれば、同社と消費者の関係は強まり、販売数量は増えると予想される。サイゼリヤの取り組みをきっかけに、コスパを重視する消費者の心理に寄り添った商品提供を目指す企業は増えるだろう。国内飲食業界の競争は激化し、優勝劣敗が鮮明となるケースも出てくるだろう。そうした展開を見据えて、サイゼリヤは先手を打ったと言える。

 それは重要なことではあるが、本当に同社の成長戦略が奏功するか否か、不確実な部分は多い。足許、わが国では成長を目指して優秀な人材を確保するために給料を引き上げる企業が出始めた。サイゼリヤも競合他社も、優位性ある賃金水準を提示して、人材を獲得しなければならない。しばらくの間、食材など原材料や物流などのコストも高止まりするだろう。世界経済の先行き不透明感も高まっている。サイゼリヤ経営陣がどのように成長戦略の成果を実現していくか、その手腕により多くの注目が集まるだろう。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)