半導体関連メーカーJSR、投資ファンドによる買収→上場廃止は英断…上場維持の弊害

 2022年5月、日本では「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律(経済安全保障推進法)」が成立した。趣旨は、国民の安心、安全を守るために、経済や安全保障に大きな影響力を持つ物資の安定供給を実現することにある。そのために財政面からの支援、基幹インフラの審査強化などが行われる。要点は4つある。

 まず、重要物資の安定供給に向けた支援が行われる。昨年12月、半導体や蓄電池、重要鉱物資源など11の特定重要物資が指定された。対象分野の企業は設備投資などの計画を政府に提出し、認定されれば助成金が支給される。次に、電気ガス、金融など基幹インフラの安定性、信頼性を高めるために、重要設備の導?、維持管理などの委託を事前に審査する。それは、国民生活の安定のための規制、監督の強化に分類できる。3点目に、量?技術、人工知能などを念頭に、重要技術の開発支援が行われる。4点目に、特許出願の?公開に関する制度も導入する。

 また、経済産業省は半導体・デジタル産業戦略検討会議を開催している。世界全体でのデジタル化の加速、半導体など先端分野での米中対立などへの対応力を高めるため、政府は、次世代半導体の製造を目指すラピダスへの補助を発表した。熊本県で工場を建設しているTSMCとソニー、デンソーの合弁企業への助成も行われた。いずれにも共通するのは、半導体など、経済と安全保障の両面に大きく影響する先端分野で、設備投資などのリスクテイクを民間企業任せにすることは適切でない、という考えだ。それは、JSRのように世界トップシェアを誇る半導体部材メーカーにも当てはまる。

類似のケースは増加する可能性

 JSRのように、投資ファンドの傘下に入り、意思決定のスピードを引き上げて成長加速を狙う日本の企業は増えそうだ。今回の買収は、かつてのエルピーダメモリのような収益力が低下した企業の救済と異なる。現在、極端紫外線(EUV)に対応した感光材領域、ライフサイエンス分野でJSRの収益は増えている。

 ただ、JSRを取り巻く事業環境は徐々に不安定化するだろう。特に、米欧では物価が高止まりし、金融引き締めは長引きそうだ。金利は上昇し、今すぐではないにせよ世界的に株価は下落するだろう。日本の株価もかなり高く見える。展開次第でJSRの業績が不安定化する恐れは否定できない。そうなる前にJSRは投資ファンドの傘下に入り、より迅速に選択と集中を進めたいはずだ。特に、株価が下落した場面はコストを抑えて競合他社を買収し、シェアを拡大する重要な機会になりうる。そのために必要な成長戦略の策定、資金調達などを強化するためにも、投資ファンドのノウハウを活用する意義は大きいだろう。

 それによってJSRは業界再編を主導して自社の競争優位性を高め、収益性をさらに引き上げようとしている。それが実現すれはJSRの成長期待は高まる。そうした成果を実現しつつ、JSRは世界の株式市場が上昇する局面をとらえて再上場を目指すだろう。問われるのは、買収が成立した後に、JSRの改革が本当に加速するか否かだ。

 企業が成長を実現するために、常に上場会社であることが最善の方策とは限らない。日本で事業運営体制の変革が遅れ、成長期待が高まりづらい企業は多い。今すぐではないにせよ、内外の株価が下落すれば、株主との利害調整に難航する企業も増えるだろう。JSRの発表をきっかけに、高い成長を実現して長期存続を目指すために投資ファンドによる買収を検討する企業は増える可能性が高い。そうした変化が日本の経済成長と安全保障体制の強化につながるためにも、JSR、JIC両社がどのような成長戦略を策定し、実行するかが問われる。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)