さらなる高収益へ挑戦する京セラの経営戦略…模倣困難なセラミックス技術に集中

 重点的に生産体制が強化されるひとつは、半導体パッケージの領域だ。半導体パッケージとは、チップを入れて保護し、他の電子部品との接続、電気信号の入出力を行うためのケースをいう。この分野で、京セラなど日本企業は国際的な競争力を維持している。競争優位性を支えるのは、セラミックなど超微細、かつ高純度の素材の製造技術だ。

 製造技術向上のために、2026年3月期までの3年間で最大1兆2000億円の投資が実行される。8,500億円は設備投資、3,500億円が研究開発だ。うち47%は半導体関連に振り向けられる。なお、4月、京セラは長崎県諫早市に工場を建設し、半導体パッケージや半導体製造装置向けファインセラミックス部品の生産能力を引き上げると発表した。

 次に、電子部品領域でも生産能力は強化される。特に世界のEVシフトを念頭に車載向けの電子部品事業の生産能力強化が急がれる。カギを握るのは、2020年に完全子会社化した米国のAVX(決算資料などでKAVXと記載されている)だ。AVXは車載用のコンデンサなどに強みを持つ。3点目は、競争力が低下した事業の構造改革だ。京セラは消費者向けスマホから撤退した。太陽光パネルなどエネルギー事業に関しても、原価引き下げと生産性向上が目指されている。

 京セラの事業戦略は転換局面を迎えつつある。京セラは通信、ITデバイス、機械工具など事業を多角化した。中期経営計画は、微細なセラミックスの製造技術というコア・コンピタンスの強化により集中し、その技術を半導体、電子部品などの分野により効率的に結合する方針を示した。

持続的なROE向上とPBR改善

 それによって、京セラは収益性の向上を急ぐ。この考えは、中期経営計画や、個人投資家向けの説明資料の中で示された、「ROEの持続的向上とPBRの改善につなげる」という文言に表れている。6月16日時点で、京セラの株価純資産倍率は0.92 倍だった。株価は、1株当たりの純資産(バランスシートの資産総額から負債の価額を控除した額、解散価値)を下回っている。PBR向上には、成長の実現による株価上昇や、バランスシートに占める純資産の比率低下が求められる。

 中期経営計画を見る限り、京セラは、高い成長の実現を優先している。成長期待の高い先端分野で設備投資を積み増し、セラミック関連製品の製造技術を磨く決意が示された。今後、半導体パッケージ、車載用のコンデンサやパワー半導体など、自社の強みが発揮でき、なおかつ模倣困難な領域で収益の拡大が目指される。

 また、資本戦略も強化される。政策保有株式の縮減、借り入れなどによって設備投資費用を補い、株主への価値還元も強化する。ROEの持続的向上とPBRの改善を目指す京セラの意思表明には、東京証券取引所が低PBR企業に改善策を求めたことも影響している。高い成長の実現のために、経営陣による冷静なリスクの評価と、しなやかな意思決定の重要性は増す。現在、世界的にメモリ半導体の市況は悪化している。投資のタイミングが早すぎると、のちのち減損などのリスクは高まるだろう。事業環境の変化の潮目を経営陣がどう見極め、先端分野で競合他社に先駆けて設備投資を行うかは、中期経営計画の達成に大きく影響する。

 それに伴い、構造改革を強化する余地も増えるだろう。京セラは法人向けの携帯電話事業を継続する。一方、世界的にスマホ需要は飽和した。中国のスマホ企業などとの低価格競争は激化し、差別化は難しくなる可能性が高い。展開次第で、リストラが強化され、セラミックなど微細な製造技術の強化により多くの経営資源の再配分が目指される可能性は高い。京セラが、セラミックに関する領域で成長に向けた投資を積み増し、よりスピーティーに収益の規模と事業運営の効率性を引き上げることを期待したい。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)