アステラス製薬、迫る特許切れ「パテントクリフ」リスク…脱・日本的雇用慣行の改革

 目下の課題は、特許切れへの対応だ。2027年にイクスタンジの特許は切れ売り上げ減少が懸念される(パテントクリフ)。また、アステラスは全社売り上げの4割程度をイクスタンジに依存しているものの、収益はファイザーとシェアしている。利益率への貢献は必ずしも高くはない。背景には次のような経緯があった。2009年にアステラスはイクスタンジの研究開発を進めていた米バイオ薬品企業のメディベーション(当時)と共同開発・商業化に関する契約を締結した。2016年にメディベーションは米ファイザーに買収された。

 イクスタンジに続くと期待された新薬供給に関しても不確実な部分がある。2023年2月20日、アステラスは更年期障害向け治療薬である「フェゾリネタント」について、米国食品医薬品局(FDA)からの承認取得が3カ月遅れる見通しであると発表した。アステラスはフェゾリネタントに関して、ピーク時に5000億円程度の売り上げを計上すると期待している。2023年度の決算に与える影響は軽微なようだが、同社株主は新薬開発のリスクを再認識しただろう。

 そうしたリスクを低減させるために、今回、アステラスは米国のアイベリック・バイオを買収する。現在、米国においてアイベリックは加齢黄斑変性の治療薬の審査を受けている。加齢黄斑変性とは、網膜の中にある黄斑という部分が加齢によって変化することで起きる疾患を指す。わが国で、加齢黄斑変性は失明原因の第4位であるとされる。症状が進行してからの回復は難しいといわれ、iPS細胞を用いた治療法の確立などが急がれている。2023年8月19日をアイベリックはFDAによる審査終了目標日として設定しており、早期の収益獲得が期待される。また、アイベリックは幼児期に視覚障害や失明を引き起こすレーバー先天性黒内障10型の治療薬の研究開発も進めている。アステラスが中長期の視点で新しい収益の柱を確立するために、アイベリックの治療薬パイプラインを取り込む意義は高い。

加速する事業ポートフォリオの入れ替え

 今後、アステラスはより多くの新薬候補群=パイプラインを獲得しなければならない。それはスペシャリティーファーマとして世界市場で成長を目指す同社にとって、最も重要なリスク分散になるだろう。

 2023年度の主要製品別売り上げ予想に関してアステラスは、イクスタンジが6,699億円、「パドセブ(尿路上皮がん治療剤)」は667億円、「ゾスパタ(急性骨髄性白血病治療剤)」は493億円を見込む。短期的にイクスタンジに依存した収益構造は続く。その状況から脱するために、アステラスは事業ポートフォリオの入れ替えを加速させるだろう。経営戦略の教科書に出てくるプロダクト・ポートフォリオ・マトリックス(PPM)をイメージして考えると、イクスタンジは潤沢なキャッシュフローを生み出す「金のなる木」に位置づけられる。イクスタンジなどが生み出す資金を用いて、アステラスは海外での買収戦略を強化し、成長率とシェアが高い製品を増やさなければならない。製薬メーカーや新薬に関する有望な研究開発を行う企業を丸ごと買収することに加え、メガファーマが持つ事業の一部などを対象とするカーブアウト型の買収も増えるだろう。

 重要となるのは、徹底したリスク管理だ。近年、世界の製薬業界では買収価額がせりあがってきた。例えば、2023年3月、米ファイザーはバイオ企業のシージェンを約430億ドル(約5兆7000億円)で買収すると発表した。中長期的に高い治療効果が期待される新薬開発技術を持つ企業は、創業後間もない段階であってもかなりの高い値が付く。アステラスは減損リスクに対応できるよう財務体力を高めつつ、メガファーマを中心に熾烈化する買収競争にしっかりと対応しなければならない。このように考えると、海外での買収の増加に伴い、アステラスが既存事業の収益性、成長性をより厳密に評価し、事業の売却などリストラ策を強化する公算は大きい。アイベリック・バイオの買収は同社経営陣がこれまで以上に高い成長にこだわり、事業ポートフォリオの入れ替えを加速させようとし始めた嚆矢といえる。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)