任天堂、売上高営業利益率3割の高収益の秘密…社員の基本給、一律10%増の狙い

 その状況下、同社は事業領域を拡大して新しい収益源を確立しようとし始めた。実は、それが始まったのはつい最近のことではない。2014年1月、任天堂の故岩田聡社長(当時)はゲーム事業と異なる領域で任天堂の強みを活かし、人々のよりよい生活に貢献する方針を示した。代表的な取り組みの一つに、2019年11月、渋谷パルコに直営オフィシャルストアをオープンした。任天堂はゲームというバーチャルの世界だけでなく、日常生活の中で人々が好きなゲームのキャラクターと共に生活する楽しさを提供しようとした。2023年3月、任天堂は『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の上映も開始した。米国では「アニメ映画としては史上最高のオープニング興行」と評価されるほどのヒットぶりだ。このように、任天堂はゲーム機というハードウェアの事業に加えて、ゲームで培ったキャラクターなどソフトウェア分野での収益を増やそうとしている。

 興味深いのは、他の企業との連携によって知的財産の利用が拡大していることだ。サービスの分野では、4月20日、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンが「スーパーマリオ・パワーアップ・サマー」と題する水かけイベントを初めて開催すると発表した。食品分野では、関東を地盤とする第一屋製パンが「ポケモンパン」を販売し、収益の下振れ圧力に対応している。そうした取り組みを増やすことによって、任天堂は知的財産の利用料を獲得し、Switchなどの需要飽和、今後のコンテンツ創出やゲーム機などの研究開発のための資金をより多く獲得しようとしている。

インバウンド需要回復という追い風

 今後の事業展開として、スイッチにかわる新しいゲーム機開発など、多くの取り組みが考えられる。そのなかでも、短中期的な事業戦略として注目したいのはインバウンド需要への対応だ。世界全体でウィズコロナの生活が本格的になっている。それに伴い、わが国を訪れる外国人観光客などは増加している。日本政府観光局(JNTO)によると、3月の訪日外客数は181万7,500人だった。中国からの来訪者回復には時間がかかっているが、他のアジア地域や欧米からの観光客などは増加している。スーパーマリオなどのキャラクターグッズの収集、テーマパーク訪問を目的にしている人も多い。

 2023年10月、昨年11月の大丸梅田店に続き、京都?島屋に任天堂は直営オフィシャルストアをオープンする予定だ。注目したいのは、多様な世代を対象にする百貨店に直営店が設けられることだ。今回、任天堂は高島屋が新しく開業する「T8(ティーエイト)」に出店する。それは任天堂にとって非常に意義のある取り組みになるだろう。京都は任天堂の誕生の地である。

 京都を拠点に任天堂は花札の製造に着手し、トランプ、玩具、ゲーム機、さらには新しいライフスタイルの創出に取り組んできた。一方、高島屋は傘下の不動産デベロッパーと協力して街づくりを進め、新しい人々の流れ=動線を生み出してきた。両社の強みが結合することによって、今後の任天堂のソフトウェアの利用方法は急速に増加する可能性が高まる。例えば、任天堂のキャラクターと、京都が育んだ西陣織など伝統工芸品が結合することによって、より高付加価値のアパレル製品が生み出されることなどが考えられる。あるいは、直営店で任天堂のファンの要望が収集されることによって、例えば京都の街並みをゲームの空間で再現し、ゲームソフトの販売が増加することもあるだろう。

 そうした展開を現実のものにするために、4月から任天堂は全社員の基本給を10%引き上げたと考えられる。世界経済の先行き不透明感、業績下振れリスクが高まるなか、経営陣はあきらめることなく他社との協業体制を強化し、スーパーマリオなどのコンテンツ、知的財産の新しい利用方法をより多く社会に提示し、新しい需要を生み出さなければならない。それは同社の長期的な成長にかなりの影響を与えるだろう。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)