サントリー生ビール、なぜ大きな反響を呼んだか…秀逸すぎるマーケティングリサーチ

大きな話題を呼んでいるサントリー生ビール
サントリー生ビール公式サイトより

 サントリーが4月4日に発売した「サントリー生ビール」は、プレスリリースの時点で大きな反響を呼び、日本経済新聞はもちろんのこと一般紙においても取り上げられていた。

 プレスリリースによると、コンセプトは「飲み始めから飲み終わりまでおいしいビールを目指し、“グッとくる飲みごたえと、かつてない飲みやすさ”を両立」となっている。製造に関する特徴として、厳選された麦芽に加え、コーングリッツを使用し、手間ひまかけた「トリプルデコクション製法」(糖化工程において仕込釜で麦汁を煮出す「デコクション」を3回実施する製法)を採用した点などがアピールされている。

 もちろん、“広告のサントリー”といわれるだけあって、CMには豪華な俳優陣と人気お笑い芸人が起用されている。

 プレスリリースにおいて筆者が注目したポイントは、「飲み始めから飲み終わりまでおいしいビール」というコンセプトである。つまり、“飲む時間”に注目している点である。

 こうしたコンセプトは、自社で独自に実施した調査(マーケティングリサーチ)により、ビールの一口目のおいしさは依然として重要ながら、「家族や友人と会話を楽しみながら」や「時間をかけてゆっくり食事を楽しみながら」など、ビールに求める価値が以前とは異なってきているという消費者ニーズの変化を踏まえて抽出されている。具体的には、ビール1缶を飲むのにかける時間が、2018年の約12分から、コロナ禍を経た22年には約18分に延びたそうだ。

 マーケティングリサーチは、ビジネスパーソンなら誰もが知るほど広く普及している用語ではあるが、実務においては意外と実施されていない。マーケティングにおいて、短期的業績に大きく寄与する営業や宣伝活動には多くの企業が注力しているものの、リサーチは後回しとなる傾向が高い。また、仮に消費者ニーズの調査といったリサーチを実施しても、その結果が上手く実務に反映されていない状況も散見されている。こうしたなか、サントリーではマーケティングリサーチの結果が見事にコンセプトに反映されている。

サントリー生ビール、3つの独自性

 競合商品がひしめき合う成熟した現代の市場環境において、他社と類似した商品を発売しても、価格競争の巻き込まれてしまうことは明白である。よって、他社と異なる商品の開発は極めて重要だ。そのためにポジショニングマップを用いた分析は、商品開発の初期段階において行われる、いわゆるセオリーである。例えば、ビールの場合、“コク”や“キレ”などを縦と横の軸に設定し、競合商品を配置していき、空白地帯に対して商品を開発していくなどである。

 こうした分析手法には多くのメリットがあるものの、問題も存在している。例えば、空白地帯であるということは、そもそも消費者が求めていないということかもしれない。さらに深刻な問題として、例えば、コクやキレのバランスを変える程度では他社との明確な差は生まれない点が挙げられる。

 真に差別化された商品を生み出すには、ポジショニングマップの作成において、まず独自の軸を設定する必要がある。今回、サントリーが注目した“飲む時間”はマーケティングリサーチを踏まえた素晴らしい独自の軸であると考えられる。こうした要素を踏まえ、「ひと口目はグッとくる飲みごたえ、以後、長く爽快感が続く(飲み始めから飲み終わりまでおいしい)」という独自の商品が誕生している。

“広告のサントリー”と呼ばれるほどサントリーが広告に長けている理由として、いくつかの点が考えられる。例えば、当時、日本で馴染みのなかったワインを普及させるため、創業時より広告に重きを置いてきた。また、創業者である鳥井信治郎氏の言葉であり、サントリーのDNAともいわれる「やってみなはれ」という精神、さらに長きにわたり創業者一族がトップであったこともあり、リスクを恐れず思いきったメッセージの発信など、大胆な広告を展開できたなどである。

 しかしながら消費者の記憶に残り、実際の購買につなげるためには単なる巧妙さ、インパクトの強さなどでは不十分である。サントリーの場合、しっかりとしたマーケティングリサーチによる消費者ニーズの把握、コンセプトの抽出、商品開発ができているからこそ、訴求すべきポイントが明確な競争優位性のある広告が展開できていると考えられる。

 もちろん、たまたま“天から降ってきた”思いつきによるコンセプトや広告などのおかげで上手くいく場合もあるだろうが、組織として継続的に成果を生み出すには、マーケティングリサーチに基づく意思決定が重要となる。

(文=大﨑孝徳/香川大学大学院地域マネジメント研究科教授)