日産凋落は“ゴーン追放のクーデター”から始まった…ルノーが株式を手放す本当の理由

 ハリ・ナダはマレーシア出身の弁護士で、1990年に日産に入社。ルノーによる日産への発言権や日産の首脳人事、取締役の数などを取り決めたRAMA(Restated Alliance Master Agreement/改定アライアンス基本契約)の改訂作業にもかかわってきたゴーンの腹心の一人で、法務部門を所管する専務執行役員を務めている。

 ハリ・ナダは日産社内でゴーンの不正を追及するための極秘調査を進めたという。その後、17年ごろから18年ごろにかけて監査役の今津英敏や渉外担当の専務、川口均に相談、米法律事務所のレイサム&ワトキンス外国共同事業法律事務所に依頼してゴーンの不正の調査を本格的にスタートした。

 レイサム&ワトキンスは2600人以上の弁護士を抱える世界有数の国際法律事務所で、ゴーンのスキャンダルを次々に解明したという。

「ハリ・ナダ氏の権限でレイサム&ワトキンスに調査を依頼したわけですが、この弁護士事務所は日産の顧問弁護士事務所です。利益相反行為なる可能性が当時から指摘されていました」(事情通)

 社長の西川廣人がこの話を聞いたのは、ゴーン逮捕の1カ月前ごろだったという。それまで西川はゴーン派だとみられていたからだ。西川もまたルノーとの経営統合に反対していたこともあり、「ゴーン降ろし」に協力することになったという。

ガバナンスが崩壊した日産

 その後、クーデターに加担した日産経営陣は、検察OBの弁護士を介して東京地検特捜部に社内調査結果を持ち込んだという。

 調査結果の中で特捜部が目を付けたのが、ゴーンに支払われる10年度から17年度の役員報酬だった。特捜部は、合計91億円の役員報酬が、取締役を退任した後に受け取ることにして、年度ごとに受け取っていた取締役の報酬とは別のものであるかのように装い、有価証券報告書での開示を免れた、と判断した。このとき三菱日立パワーシステムズ(現・三菱パワー)社員の贈賄事件に続く日本で2回目の司法取引が行われたという。司法取引に応じたのは、ハリ・ナダと日産秘書室長としてゴーンに仕えていた大沼敏明だ。

 有罪律99.9%を誇る検察は、小沢一郎の資金管理団体「陸山会」の不正蓄財や障害者割引郵便制度に絡む偽証明書発行事件と、無罪判決が続いたことで権威が失墜。大阪地検特捜部は主任検事の証拠改ざん事件という不祥事まで引き起こした。失地回復を図るために伝家の宝刀、司法取引で大企業の事件で白星を上げたかったのかもしれない。

「当初、日産側は返り血を浴びるのを嫌い、有価証券虚偽記載が刑事事件になることをあまり望んではいなかったようだ。結局数ある疑惑の中で確実に起訴できるものがそれしかなかったので、検察に協力せざるを得なかったようだ」(事情通)

 その後、ゴーンとケリーが18年11月19日、有価証券虚偽記載の疑いで逮捕された。西川はゴーンが逮捕された19日に内部調査でゴーンの不正があったことを明らかにし、22日には臨時取締役会でゴーンの会長職を解職、ゴーンとケリーの代表権を外した。26日には三菱自動車でのゴーンの会長職と代表権を取り上げた。4月8日の日産の臨時株主総会ではゴーンとケリーを取締役から解任した。

 有価証券虚偽記載として立件された事件は多くの矛盾を抱えていたが、ゴーンがその後海外逃亡したことで真相は闇の中に隠されてしまった。

 しかし一方でゴーンを追放した西川は、翌19年9月に不当な上乗せ報酬を得ていたことが明らかになり辞任した。

 ゴーンとケリーは刑事、民事の両面で責任を追及されているが、報酬上乗せが問題となった西川は、いずれも問われていない。さらに、司法取引で逮捕を逃れたハリ・ナダは民事上の責任も問われずに、依然として日産に籍を置いている。大沼もまた民事上の責任を問われずにいる。

 この会社のガバナンスがいったいどうなっているのか、疑問を感じざるを得ない。ルノーの株売却も、そんな日産と距離を置くためのものだったのかもしれない。

(文=松崎隆司/経済ジャーナリスト)

※敬称略