今冬、インターネット上にアップされた、とある動画が注目を集めている。路上で「北海道の大牧場の社長が年間1億円の赤字」「断言します。このままではスーパーの棚から牛乳がなくなります」「酪農やばいです!」と、涙ながらに酪農業界の危機を訴える切実な内容だったからだ。そこで今回は、酪農業界がどれだけ危機的な状況になっているのかを、北海道大学・清水池義治准教授に解説してもらった。
「動画で語られているような『年間1億円の赤字』という状況が、すべての酪農家に当てはまるかというとそうではないと思いますが、ここ1年で多くの酪農家が赤字に転落したのは間違いありません。中央酪農会議の調査では、回答した酪農家の85%が赤字、60%が離農を考えたことがあるという結果で、かなり衝撃的です。現在、経営破綻する酪農家とそうではない酪農家の差は、資本力がどれだけあるか否かという体力勝負になってきています。
動画の酪農家の方が訴えている『このままではスーパーの棚から牛乳がなくなります』という状況に関してですが、すぐにそうした絶望的な状況が起こるとは思いませんが、このまま酪農家が減り続けば、いずれ牛乳が安定供給できなくなる可能性は否定できないですね」(清水池氏)
ではなぜ、これほどの危機的状況に陥っているのだろうか。
「原因は主に2つあります。ひとつは、脱脂粉乳などの乳製品在庫が非常に増えていることです。その発端は、2008年から15年にかけて国内で深刻なバター不足が起きたことに遡ります。このバター不足は、世界的な食料危機で輸入飼料価格が高騰し、酪農経営が打撃を受け、生産量が低迷したことが要因でした。危機感を覚えた政府は、生乳(乳牛から搾られた状態の未加工のミルク)の生産量増加を目的に、乳牛の増加や牛舎の拡充などを行った酪農家に助成金を交付したのです。その結果、20年頃から生産量が増えてきたのですが、不運なことにそこをコロナ禍が直撃。外食産業や観光需要が軒並み停滞して牛乳乳製品の消費量が激減してしまったのです。
これにより、生乳は保存がきく脱脂粉乳やバターといった乳製品に加工され、今度は、特に脱脂粉乳などの在庫がどんどん積み上がるという現象が起きてしまいました。実際、2022年は脱脂粉乳の在庫数量が過去最高を記録しています。乳製品主産地である北海道の農協は、後ほど述べるように飼料価格が高騰してコストが上がったので、生乳価格を引き上げたいと考えていますが、こんなに乳製品が余っていたら乳業メーカーとしても値上げは受け入れづらい。そこで、農協は生乳生産の抑制を決定、政府としてもこの生産抑制の取り組みを支援する政策をしています。例えば、減産を行うために乳牛を食肉用に、と畜した農家には牛一頭あたり15万円の助成金を交付する政策を今年3月から始めましたが、酪農家にとって使いづらい上に経済的なメリットもさほどないため、あまり利用が進んでいないという話を聞いています。
もうひとつの原因は、コロナ禍による感染者数もなんとか落ち着きを見せ始め、消費量も戻りかけた矢先の22年に、ロシアによるウクライナ侵攻が発生し、再び輸入飼料価格が高騰してしまったことです。この高騰で21年の平均価格に比べて、飼料価格は約1.3倍に上がり、その他のコストも含めると、生乳1kg(約1リットル)あたり20円から30円のコスト上昇になっているでしょう。
この飼料価格の高騰は、単純に乳牛の飼育コストがかさむだけではありません。酪農家はオスの子牛を食用として市場に売りに出すのですが、その販売価格が暴落し、収入も減っています。その暴落率はかなり深刻で、21年の平均と比べると4分の1くらいにまで下がっています。この原因も先の飼料価格の高騰。つまり、飼料代が高くて思うように牛を育てられないので、肥育農家が買い控えをしているようです」(同)