低所得者層と富裕層の実質所得格差、一段と拡大…低所得者層の実質購買力がより低下

地域格差ももたらす物価の二極化

 実質的な所得格差には、名目所得の格差に加えて物価変動による影響の格差も反映されるため、こうした物価変動も家計の実質期待所得の増減を通じて個人消費にも影響を及ぼす。このため、所得階層間による物価変動の格差は先行きの所得格差を見通す上でも非常に重要になってこよう。そして、高所得者層と低所得者層の生活格差が拡大する我が国のスクリューフレーションの背景には、所得階層の違いによって購入価格の変化が異なることも影響しているといえる。特に、所得の伸びが低い低所得者層では、一方で購入する生活必需品の価格が上がりやすいことに伴い購買力が損なわれている。

 また、物価の二極化は、地域格差も広げる可能性がある。公共交通網の目が粗い地方では自動車で移動することが多く、家計に占めるガソリン代の比率も都市部に比べて高い。また、冬場の気温が低い地域では、暖房のために多くの燃料を使う必要があり、こうした地域にとって灯油代の高騰は大打撃だ。電力料金やガス料金も燃料市況に連動するため、原油やガスが上がれば光熱費も増える。特に、電気は生活必需品である一方で、一般的に低所得者層のほうが高所得者層に比べて消費性向(所得に占める支出の割合)が高い。このため、相対的に低所得者層に対する負担が高まるという問題がある。

 従って、ロシアのウクライナ侵攻以降に深刻化した我が国のスクリューフレーションは実質所得の格差をさらに拡大させる可能性を示唆しており、今後も生活必需品価格の上昇や電気料金値上げを通して格差拡大が生じる危険性も考えられよう。

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デフレの克服には「良い物価上昇」が必要

 そもそも、我が国において食料やエネルギーの価格が大きく変動しているのに対し、それ以外の物価は落ち着いてきたことの一因に賃金の低迷がある。ロシアのウクライナ侵攻に伴う石油や農産物等の資源高が食料品やエネルギーの価格を押し上げる一方で、企業収益の圧迫を通じて賃金を押し下げてきたためである。特にサービス価格の低迷は、国内の賃金伸び悩みが影響している。そして、こうした原油や穀物といった国内で十分供給できない輸入品の価格上昇で説明できる物価上昇は「悪い物価上昇」といえる。

 物価上昇には「良い物価上昇」と「悪い物価上昇」がある。「良い物価上昇」とは、国内需要の拡大によって物価が上昇し、これが企業収益の増加を通じて賃金の上昇をもたらし、さらに国内需要が拡大するという好循環を生み出す。しかし、特にロシアのウクライナ侵攻以降の物価上昇は輸出入物価の高騰を原因とした値上げによりもたらされている。そして、国内需要の拡大を伴わない物価上昇により、家計は節約を通じて国内需要を一段と委縮させている。その結果、企業の売り上げが減少して景気を悪化させていることからすれば、「悪い物価上昇」以外の何物でもない。

 特に、ロシアのウクライナ侵攻継続により世界経済の低迷が危惧される状況下、今後とも食料エネルギーに関しては需要が供給を上回る状態が継続する可能性が高い。これに対し、日銀は中長期的な物価安定について「消費者物価が安定して前年より+2%程度プラスになる」と定義している。しかし、資源価格の上昇により消費者物価の前年比が一時的に+2%を大きく上回ったとしても、それは安定した上昇とはいえず、「良い物価上昇」の好循環は描けない。

 従って、本当の意味でのデフレ脱却には、消費者物価の上昇だけでなく、国内需要不足の解消が必要となる。そしてそうなるには、賃金の上昇により国内需要が強まる「良い物価上昇」がもたらされることが不可欠といえよう。

(文=永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト)

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