一方、FCVにおいては、トヨタが他社を圧倒しており、政府が国を挙げてFCVに注力するといった方針を貫徹するようなことがあれば、日本の自動車産業は今後も安泰といったストーリーがないわけではないが、現時点においてFCVは未知数といったところだろう。
こうしたゼロエミッション化よりも、さらに厄介な問題は、運転の自動化の進展である。自動車にさまざまなバリエーションがあり高価格でも受け入れられる要因は、自動車が“特別な商品”だからだろう。自らが運転することから、性能へのこだわり、さらには運転の楽しさなどが生じている面は否定できない。
しかしながら、自動運転になると、自動車へのこだわりや愛着といったものは生じにくくなり、コモディティ化(他社との差が生じず低価格競争が常態化)し、どの企業も儲からなくなってしまうのではないだろうか。
こうした脅威に備え、トヨタは「クルマをつくる会社から、モビリティ・カンパニーへ」という指針を掲げており、現社長から「佐藤新社長を軸とする新チームのミッションは、トヨタをモビリティ・カンパニーにフルモデルチェンジすること」といったメッセージが発せられている。トヨタのウェブサイトによると、「モビリティ・カンパニーとは、これまでは関わることのなかったさまざまな会社と手をつなぎ、仲間となり、今よりも地球や社会、人にやさしく、移動の自由と楽しさにあふれた“モビリティ社会”を創造する会社」となっている。
こうした事業ドメイン(事業展開領域)に関連してよく話題になるのが、米国における鉄道会社の衰退である。自らの事業領域を鉄道という手段・方法・商品といった狭い領域に規定したことが間違いであり、輸送という目的・機能に注目していれば飛躍の可能性があったと指摘されている。トヨタの掲げるモビリティ・カンパニーは、こうした教訓を踏まえたものとも考えられる。
静岡県裾野市に建設中の未来型実験都市「ウーブンシティ」も、こうしたモビリティ・カンパニーに向けた第一歩と捉えられ、実現に向け着々と事業が進行している。しかしながら、事業領域を自動車からモビリティへと再構築するに際しては、新たなコンペティタの出現など、難題は山積みであろう。
正解がわからない時代に、大きな組織の舵取りをどのように行っていくのか――。次期社長の活躍に期待したい。
(文=大?孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授:外部執筆者)