しかし、その後の経済成長に伴って、韓国の現代自動車、タタ・モーターズなどインド国内の自動車メーカーの新規参入は増えた。価格競争は激化した。世界的に需要が拡大したSUV(スポーツ用多目的車)のセグメントにおいても、インドにおけるスズキのシェアは低下した。多くの企業は、インドの自動車市場は中国のように高い成長を遂げると予想している。2000年代の前半以降、中国の新車販売市場は急成長した。2004年に中国の自動車販売台数は500 万台を超え、2010年には政府による販売支援策の効果もあり1,850万台まで市場は急拡大した。それは、中国が世界の工場として高い経済成長を実現した時期と重なる。そうした展開を期待してインドに進出し、事業運営体制をさらに強化する自動車メーカーは増えるだろう。
また、大都市を中心にインドの自動車市場は、日米欧などが経験した成長プロセスとは異なる展開をたどる可能性も高い。特に、世界的にEV=電気自動車の利用が増えていることは大きい。内燃機関を搭載する自動車の生産には、数え方にもよるが3万点もの部品が用いられる。そのためエンジン車生産には高度なすり合わせ技術が必要とされ、日独の自動車メーカーは比較優位性を発揮し、すそ野の広い産業構造が形成された。一方、EVの部品点数は大きく減少し、自動車生産はデジタル家電のようなユニット組み立て型に移行する。ネットとの接続も加わり、自動車開発のスピードはさらに加速する。その結果、インドの自動車産業、それを支える社会インフラの発展は、主要先進国の経験したものと大きく異なる可能性は高い。
今後、スズキに期待される取り組みの一つは、インドの自動車需要の拡大にしなやかに対応することだ。それは、世界市場におけるスズキの中長期的な成長にかなりのインパクトを与える。インドでは、新興企業などによるEVの設計、開発、生産体制が強化されている。一例に、タタ・テクノロジーズは中国の新興EVメーカーである蔚来汽車(NIO)とEVの開発などで連携し、新規株式公開(IPO)を準備している。
ただ、そうした変化のスピードは当初の予想よりも、幾分か緩やかになるだろう。米欧ではインフレ鎮静化のために追加利上げが実施される。中国経済は高度成長期の終焉を迎え、債務問題の深刻化懸念も高まっている。それによって、世界的な景気後退の懸念は一段と高まり、株価は下押しされやすい。それは、スズキの競合相手企業の事業運営を鈍化させる要因になりうる。スズキはそうした環境変化をうまく活用しなければならない。CASE関連の新しい技術を持つスタートアップ企業を買収する、あるいは提携を増やす重要性は一段と高まる。経営陣は、よりダイナミックに成長期待の高い分野に経営資源を再配分すべき局面を迎えつつある。
また、新興国ではエンジン車の利用も続くだろう。スズキはより低コストで、安全や環境性能の高い小型自動車の生産能力向上に磨きをかけなければならない。それはインド市場を中心にスズキがシェアを増やし、成長を加速させるために重要な要素だ。また、インド政府はデジタル家電などの生産誘致のために半導体産業などの支援策を強化し始めた。それはスズキにとって車載用のチップやバッテリーをより安価かつ安定的に調達し、生産コストを低減させる手段になりうる。
今後の展開によっては、インドにおいてスズキが国内外の企業と共同で半導体など先端分野の生産体制を整備する展開も排除できない。そうした取り組みはスズキがわが国で販売する電動車などの価格引き下げにも大きく影響するはずだ。そうした展開を早期に実現するために、スズキがどのようにしてインドでより多くの自動車需要を取り込むことができるかは注目される。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)