制度の運用について疑問を投げかける専門家もいる。今回の審査は通常の医薬品審査と同じ欠点を指摘する減点方式で進められたが、緊急承認制度の趣旨にかんがみれば、純粋な薬効評価の点数だけでなく、社会のニーズ(「選択肢は1つでも多い方が良い」とする臨床現場の医師の意向など)も勘案して承認すべきかどうか議論すべきだったからだ。季節性インフレエンザの飲み薬の有効性は一般に考えられているほど高くないが、「困ったときには飲み薬が手元にある」との安心感が人々のインフレエンザのリスク認識を下げている。飲み薬にはこのような副次的効果がある。「危機的な状況の下で、必要な薬を一緒に作り出そう」という姿勢が審査側に欠如していたのは残念でならない。承認見送りの判断は「仏作って魂入れず」とのそしりをまぬがれないだろう。
捲土重来を期す塩野義は9月28日、最終段階にあたる臨床試験の速報結果を公表した。変異型「オミクロン型」に特徴的な5症状が消えるまでの時間を短縮できたとしており、緊急承認の見送りの理由となった症状改善の効果が示せたという。これを受けて、加藤厚生労働大臣は「医薬品医療機器総合機構において速やかに審査を進めたい」と述べており、今度こそゾコーバが早期に承認されることを祈るばかりだ。
塩野義は10月4日、ゾコーバについて「発展途上国向けに特許料を徴収せず後発薬の生産を認める」と発表した。日本企業としては初めて国連傘下の医薬品の公平な供給を支援する組織「医薬品特許プール(MPP)」とライセンス契約を結び、世界117カ国にゾコーバを安価に供給する。感染症のパンデミックを効果的に抑えるためには、途上国への治療薬の提供は欠かせない。
ワクチン開発では見る影がなかった日本勢だったが、有終の美を飾るためにもゾコーバの海外への広範な普及を官民挙げて取り組むべきではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)