では、韓国の研究はどんな結果だったのだろうか。彼らは新型コロナに加え、同じコロナ属の重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)ウイルスに対するマスクの予防効果を併せて検証した。その際、医療従事者が着用するN95という特殊なマスクと、一般人が着用するサージカルマスクについて別個に解析した。
まずは医療従事者がN95マスクを着用した場合の効果だ。報告されている14の臨床研究をまとめると、感染リスクを71%も減らしていた。極めて有効だ。ただ、N95マスクは着用すれば息が苦しくなり、一般人が日常的に着用するのは難しい。
サージカルマスクはどうか。医療従事者を対象とした12の臨床試験をまとめると31%、一般人を対象とした2つの臨床試験をまとめると22%感染のリスクを減らしていた。しかしながら、両方とも、その差は統計的に有意ではなかった。これは、研究で示された有効性は単なる偶然でも説明が可能で、医学的には効果は証明されていないことを意味する。
ちなみに、この結果はインフルエンザに対するマスクの有効性を検証したメタ解析の結果とも同じだ。先行研究とも一致し、今回の研究結果は信頼できそうだ。以上の事実は、一般人がマスクをつけた場合の有効性は医学的に証明されておらず、もしあったとしても2割程度ということになる。
コロナの感染経路はエアロゾルによる空気感染だ。屋外で感染することはまずなく、感染はもっぱら屋内で起こる。この結果は、屋内でマスクを装着しても、効果は限定的ということを意味する。だから、マスクは着けるべきでないと、私は主張するつもりはない。ただ、現在の医学的エビデンスに基づけば、嫌がる人に装着を無理強いする必要はないし、マスクを装着していない人が周囲にいても、そこまで気にする必要はないということはできる。
ワクチン接種や実際の感染による免疫獲得が進んだ現在、大流行の最中はともかく、現在のような収束期にはマスクの有用性は低いといっていい。マスクの着用については、科学的な議論が必要である。
余談だが、GMOはオフィスでのパーテーション設置や消毒などの対策は続けながら、共有スペースや社外を除いてマスク着用を個人の自由としたとのことだが、これは合理的ではない。
米ジョンズ・ホプキンス大学の研究チームが、昨年4月29日に米「サイエンス」誌に発表した研究が興味深い。彼らは、2020年11月24日~12月23日、および昨年1月11日~2月10日の間にフェイスブックを通じて収集した214万2887人のデータを分析し、学校などでの遮蔽物の利用が感染リスクを高めていたと結論した。遮蔽物の使用がコロナ感染のリスクを高めることは、いまや医学界のコンセンサスといってもいい。昨年8月27日に「サイエンス」誌に掲載された総説「呼吸器ウイルスの空気感染」には、「屋内空間での咳やくしゃみからの飛沫を遮断するために設置された物理的なパーテーションは、気流を妨げ、呼吸ゾーンでより高濃度のエアロゾルをトラップする可能性があり、コロナの伝播を増加させることが示されている」と、前出の米ジョンズ・ホプキンス大学の研究チームの研究などを引用しながら、論じられている。
「サイエンス」誌は世界最高峰の科学誌だ。世界の専門家は、その論調を尊重する。ところが、日本は違う。世界の研究者が感染リスクを高めると警鐘を鳴らしている行為を、そのリスクについて言及することなく、政府が推奨しているのだから不誠実というしかない。
(文=編集部、協力=上昌広/血液内科医、医療ガバナンス研究所理事長)