その一方で、既存の事業領域でキリンはリストラを徹底して進めた。主な取り組み内容は、海外事業の売却と、国内清涼飲料事業(キリンビバレッジ)の改革の2つに大別できる。ブラジルのビール・飲料はハイネケンに、清酒やしょうゆ事業はキッコーマンに売却された。オーストラリアの飲料事業も売却した。
それに加えて、清涼飲料水事業に関しては、キリンビバレッジと米コカ・コーラの業務、あるいは資本を含めた提携が模索された。国内清涼飲料水市場でのシェア拡大を狙う米コカはキリンにブランドを一括して渡すよう求めたようだ。キリンはそれに難色を示し、最終的に本格的な提携は見送られた。しかし、一連の協議はキリン内部に「このままでは生き残れない」との強い危機感を植え付けた。その結果として、国内清涼飲料事業における新商品開発の加速やサプライチェーンの効率化が実現した。
米コカ・コーラとの協議の機会を持ったことは、日本コカ・コーラに対するプラズマ乳酸菌の提供実現に無視できない影響を与えたと考えられる。世界の飲料業界において、健康に関する意識を強める消費者への対応は、各企業が成長加速を実現するために一段と重要性が増している。キリンとの交渉を通して米コカ・コーラは、プラズマ乳酸菌の成長期待に関心を強めただろう。一連の協議は両社が互いの戦略の方向性を理解し、より良い連携・提携などの可能性を探る重要な機会になったと考えられる。
キリンは、コカ・コーラグループを清涼飲料水市場におけるライバルとは考えていないだろう。プラズマ乳酸菌関連の事業運営において、コカ・コーラグループは重要な顧客になった。コカ・コーラは健康や疾病リスクの低減を目指す世界の消費者に健康飲料などを提供するために、キリンとの協業をより強化する可能性が高い。それはキリンにとって、成長期待の高まる医療・健康分野での取り組みを強化するために欠かせない。両社は、本格的な業務や資本面での提携などを、再度真剣に検討する可能性がある。それはキリンにとっても、コカ・コーラグループにとっても固定費を削減して収益性を高めることにつながる。
このように考えると、キリンにとって日本コカ・コーラにプラズマ乳酸菌の提供が決まったことは、新しい事業戦略を加速度的に立案し、その実施に集中する大きなきっかけとなるだろう。2014年以降にキリン経営陣は矢継ぎ早に改革を打ち出した。現在は不確定な要素もあるが、ミャンマーからの撤退にも一定のめどは立った。一連の改革によって経営陣は、組織に染み付いた固定観念を打破しようとしている。その上で、同社経営陣は、新しい発想を実行に移して付加価値を生み出すことが長期の存続に不可欠だという価値観を組織に植え付けようとしている。ビールメーカーから脱却し、医療・健康関連企業としての高い成長を目指すキリンの自己変革はさらに加速するだろう。
その一方で、世界的な供給体制の不安定化などによって各国で物価は高騰し、キリンはより強いコストプッシュ圧力に直面している。中国経済の成長率の低下傾向が一段と鮮明していることもキリンの収益獲得にはマイナスだ。逆風が強まる中で、キリンはこれまで以上に成長加速に欠かせない資産と、そうではない資産を分別し、医療・健康など成長期待のより高い分野への選択と集中を加速しなければならない。
現在、キリン経営陣は設備投資を積み増す考えを示している。同社全体があきらめることなく、より多く、よりスピーティーに医療・健康分野などで新しい取り組みを増やすことができるか否かに、より多くの注目が集まるだろう。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)