東京工業大と東京医科歯科大の統合が実現するなら、このアンブレラ方式の方が可能性は高いだろう。完全統合より研究・教育の独立性が高いので、教員の抵抗も少ないからである。その上、アンブレラ方式なら、のちに別の国立大学法人が参加することも可能になるからだ。
東京工業大は理学院や工学院、生命理工学部院、情報理工学院、物質理工学院などを擁し、約5000人の学部生と大学院生約5500人が在籍している。医学部と歯学部を持つ東京医科歯科大の学生は、約1400人である。
2021年度に国が国立大学法人に拠出した運営費交付金は、東京工業大が218億円、東京医科歯科大は138億円だった。統合すれば「理系の総合大学」が誕生すると、前評判は高い。もともと総合大学とは、人文科学・社会科学・自然科学の3つの学問領域があり、総合的な教育研究を行う大学のことであったが、今では複数の違う領域の学部を擁していれば総合大学と呼ぶことも多い。
しかし、データサイエンスなど文理融合型の領域が拡大していく中で、理系にこだわっているようでは突破力が弱い。社会科学系や外国語を含む人文・社会科学系などの大学の参画があってこそ、異種効果が望める。長期的視点から考えても、国際卓越研究大学応募という短期的な視点より、異領域の分野の大学が参入できるアンブレラ方式の方向が、教育研究の上でもメリットが大きい。
2004年度からの国立大学法人化を控えていた当時、トップクラスの国立大も含め、国立大関係者は将来に不安を抱えていた。当時の東京外国語大、東京工業大、一橋大の学長が会合で話し合いの場を持つうち、「単科大学が連携すればおもしろいことができるのではないか」という思いで一致した。その後、東京医科歯科大と東京芸術大学の学長も加わって、1999年秋には、この5大学の学長による大学連合構想が公表された。
マスコミも「東京大学を上回る多彩な新大学の誕生か?」と大騒ぎになった。しかし、個性的な教員の多い東京芸術大の教授会が反対し、次に東京外国語大も学内で反対が多く、意見がまとまらない。共通しているのは、それぞれの分野で東京大学のライバルとなる学部がないことだ。東京大学芸術学部構想もあり、東京芸大には選択肢がいろいろあったこともあり、あまり東大への対抗意識がなかったのではなかろうか。
その点、残る東京工業大・一橋大・東京医科歯科大は、東大だけでなく他の旧帝大系の総合大学との競争力においても、法人化で危機感が共有されたと思われる。
2001年になり、東京外国語大が復帰し「四大学連合憲章」が各大学の学長により調印され、四大学連合が正式に始まった。教育・研究・国際化について各大学が協力し、連合による事業が実現した。4大学間で行われる複合領域コース(特別履修プログラム)で、コース履修生が他大学でもっと学びたいという場合のために、複数学士号の制度ができた。5~6年かければ2つの学士が取れる、ダブルディグリーの国内変形版といえるかもしれない。
こうした実績と背景があったからこそ、今回の東京工業大と東京医科歯科大の統合構想が生まれたのであろう。
ただ、この動きは両大学の経営統合だけでは収まらないという見方も強い。2019年に大学統合が注目されたときに、「週刊朝日」(朝日新聞出版)の取材に、元東京外国語大学長の亀山郁夫・現名古屋外国語大学学長は次のように語っている。
「カリスマ的な学長が現れれば、統合はありうる。4大学に限らず、東京芸術大、東京農工大、電気通信大、東京学芸大も巻き込んでもよいのではないか。統合ができるところから始めればよい。文部科学省や財務省の主導ではなく、ビジョンを持った学長が主導するべきです」
実は、このうち東京農工大の千葉一裕学長は、大学ファンドの国際卓越研究大学に応募することを明言している。しかし、カリスマ的な学長の登場を待っているのでは遅いし、プライドの高い大学教員を総結集するには時間と政治力が必要だ。
それより教育研究の上で他大学と連携した方が効率的という判断で、実績を積み重ねていく方が現実的だろう。たとえば、東京工業大は新しいエネルギー社会を変革・デザインする卓越人材の育成プランを持っているし、東京医科歯科大はAI創薬などのプログラムを展開するためにデータサイエンス系の人材を育成しようとしている。
これらの人材育成も、アンブレラ方式で他大学との経営統合が実現すれば、よりスムーズに進むであろう。