もうひとつは人手不足なこと。欧米では分業体制が確立しており、研究スタッフも研究以外の専任スタッフも多数います。しかし、日本の大学では研究スタッフの数が欧米に比べて著しく少なく、研究以外の作業を行うスタッフに至ってはほとんどいません。なぜなら、恒常的にそうしたスタッフを雇える予算が日本の大学にはありませんし、仮に研究費が入ったとしても人件費として使うことに制約があり、必要な人材を雇用できない場合が多いからです」(同)
このように研究分野によっては、研究費そのものよりも人手のほうが必要であると嘆く研究者も多いようだ。
「特に理工系の研究だと、実験を繰り返してデータを収集するのにかなりのマンパワーと時間を必要とするので、学生やポストドクター(博士課程修了の研究者)の力が必要不可欠です。しかし、日本の研究スタッフの数は欧米、中国と比べると5~10分の1以下ほどといわれています。
また日本では、政府の“選択と集中”によって、国が重点的に研究予算を割り当てる研究分野が固定されつつあります。したがって、潤沢な研究資金がある研究者と、研究資金が無く日々の雑務に追われ研究時間を確保できない研究者に分かれている印象はありますね。但し、研究費の多少にかかわらず研究人材不足は共通の悩みになっているようです」(同)
こうした日本の研究環境の現状を考えれば、中国の千人計画に参加したほうが金銭的にも恵まれて納得のいく研究活動ができる――と考える研究者が多いのも頷ける。
「日本ではポスドクのアカデミアや企業などへの就職が不安定であることも要因のひとつでしょう。現状、博士課程を終えて、在籍していた研究室に残ったとしても、そこで教員として就職できるわけではないですし、国や民間の研究機関に正職員として就職できる人も限られています。かといって国立の研究機関などに契約職員として数年契約で勤めることになれば、契約が終わった後は再び就職口を探さなければいけません。不安定な日本の雇用環境よりも多額の報酬と充実した設備がもらえる千人計画に参加したほうが、より満足のいくキャリアに進めると考えるのは自然でしょう。
また若手以外のベテラン大学教員の就職先としても、千人計画などの人材招致計画は注目を集めており、名古屋大学名誉教授の福田先生など実際に中国に渡った日本の著名な先生も少なくありません。また、昨年9月には、東京理科大学の栄誉教授・藤嶋昭先生が自身の研究チームを率いて、上海理工大学に移籍したことがニュースになりました。
なお、中国は、米国で中国の千人計画に参加した研究者等の摘発が近年相次いでいることを受け、2年ほど前から千人計画に関する情報発信を止めています。このため、中国の現在の千人計画の実施状況は以前に比べ分かりにくくなってはいますが、一方で、中国は“千人計画”に言及しないものの海外の優秀な研究者を引き続き中国に招致する方針を打ち出しています。そのため、条件の良い研究環境、給与待遇を求めて中国へ渡る外国人研究者は今後も出ると思われます。
日本は大学の補助金も減っており、政府による科学研究費の予算もどんどん削られています。ポスドクの就職先が見つからなかったり、将来設計の見通しが立てられなかったりという理由もあり、新規の博士号取得者が増えない悪循環に陥っているんです。そのため、産官学が連携してポスドクの就職先を増やし、博士号取得を魅力のあるものとしてアピールしていくことが重要でしょう」(同)
最後に風間氏は、日本の研究環境の課題は山積みだが、中国の千人計画等の人材招致計画にも懸念点はあると指摘した。
「中国は千人計画などで海外人材を集めることに成功していますが、一方で中国国内の優秀な人材がしばらくしたら、海外に流出していくことは容易に考えられます。そのまま中国に残らず、正規雇用のある欧米や日本の大学へと移る研究者もいるでしょう。
また近年は米中関係が悪化し、特定技術の輸出規制が設けられるようになりました。規制品目のなかには、中国での研究に必要なソフトウェアや研究機材も含まれている場合があり、従来の研究体制の維持が困難になる恐れもあります。今後は人材流出に対する対策と、自国で研究体制を整備できるかどうかが千人計画などの人材招致計画の課題になるでしょうね」(同)
国内の人材の流出に歯止めをかけるべく、日本の研究環境の改善は急務だろう。優秀な人材が千人計画にも負けず劣らず魅力を感じるような条件や設備を、国内の研究機関でも用意し、支援していく政策が必要なのではないだろうか。
(取材・文=文月/A4studio)