イラクの政治システムはこれまで宗派間で権限を分け合う形で成立してきたが、若者を中心に不満が急速に高まっていた。イラクでは毎年数十万人が大学を卒業し、これまでは大半が公務員になっていたが、政府が雇用の受け皿を提供できなくなっていたからだ。就職難にあえぐ若者達はイラクの将来を憂い、2020年から抜本的な政治改革を求めるデモを繰り返すようになっていた。
このような社会情勢を追い風にして国会での勢力を拡大したサドル師は、既存の政治勢力と妥協しない姿勢を貫いており、今後の展開はまったく見通せなくなっている。イラクでは2005年に米国主導の下で議会選挙が実施されるようになったが、今回の議会選後の政治空白期間は10カ月を突破し、最長記録となった。2003年に米国が有志国を率いて当時のフセイン政権を武力で打倒して以来、イラクは最悪の政治危機に直面しているといっても過言ではない。
長引く政治の麻痺は国民生活に甚大な悪影響を及ぼしている。原油価格の高騰はイラク政府に予想外の臨時収入をもたらしたのだが、新政権が樹立できないため今年度予算案を成立させることができず、余剰資金を国民生活の向上に有効利用できないでいる。気がかりなのはサドル師と親イラン勢力はいずれも民兵組織を抱えていることだ。武力衝突のリスクが高まっており、原油生産が大幅に減少する可能性も生じている。
日本ではあまり注目されていないが、イラク発の原油価格の高騰リスクに今後一層の警戒が必要なのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)