日本には豊富な観光資源がある。その潜在的な成長余地は大きい。コロナ禍によって海外旅行を楽しむことは難しくなった。それがいっそう、海外からの訪日意欲を掻き立てている側面がある。海外の知人と話すと、「日本を訪れて各地の自然や生活習慣を体験したい」との声をよく耳にする。
具体的に考えてみる。日本では、農業、漁業、林業、金属加工など様々な経済活動が営まれている。たとえば、福井県鯖江市で生産されるメガネは世界的に品質が高い。それが世界的な人気を支えている。世界のメガネ産業では、グローバル化によって価格競争が熾烈化した。そうした状況であっても、各地の職人が磨いたモノづくりの力が、世界の人々を魅了している。それがJALのビジネスチャンスになりうる。
高付加価値の製品を支える製造技術に関心を持つ人や企業は多い。各地の職人の技、日々の生活の様子をJALは魅力あるコンテンツに仕立てる。季節に応じてその土地で楽しむことのできるレジャーの魅力も伝える。体験ツアーを提供するのも良い。具体的には、夏であれば海水浴やマリンスポーツ、冬であればスキー、春や秋であれば野山の散策などが考えられる。それを世界に発信するのである。それを見た人が、日本各地の産業や自然に触れたいと思うようになるだろう。地域ブランドを創出し、磨きをかける。それはJALの収益源多角化に欠かせない要素だ。
見方を変えると、JALは新しい動線を整備しようとしている。2012年以降、安倍政権の経済運営(アベノミクス)が進んだ。それが、地方空港と周辺の観光地をつなぐ動線整備に果たした役割は大きい。しかし、コロナ禍などによって多くの動線は寸断された。JALは新しい動線創出を加速させなければならない。それが、地域ブランドの磨き上げ=高付加価値化に決定的インパクトを与える。例えば、海外の富裕層向けに、プライベートジェット機の運航を増やす。国内での移動には、ヘリコプターを用いる。中間層(マス層)に対しては、感染に配慮したバスや鉄道での移動サービスを提供する。効率的、かつ安心できる移動サービスが観光資源の価値向上に与えるインパクトは大きい。
そのためにJALは非航空分野での取り組みを強化しなければならない。求められるのは異業種の企業、専門家との協力強化だ。伝統的な経済学の理論は、市場では無数の企業が完全知識を持って完全競争を行うと仮定してきた。しかし、現実は異なる。足許ではウクライナ危機によってインフレが急進している。企業の事業運営コストは増える。そのなかでJALは非航空分野に進出する。さらには、事業運営の効率性を引き上げなければならない。そのために、各分野の専門家との協力は不可欠だ。企業が成長を目指すために、企業間の協力、提携の重要性は格段に高まる。
JALは新しい企業風土を醸成すべき局面を迎えた。経営陣は、自社は航空会社だという固定観念を打破しなければならない。中長期的な目線で考えると、国内の観光資源の創出が新しい動線の創出を支える。それが、航空需要を回復させるだろう。経営陣はそうした展開を念頭に非航空分野への配置転換を加速させる。ただし、現在の取り組みペースの引き上げ余地は大きいと見られる。経営陣はよりダイナミックに非航空分野に経営資源を再配分すべきだ。それによって、新しい動線確立の取り組みを加速させることができる。それが同社の業績回復だけでなく、日本経済全体にもたらすプラス効果は大きい。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)