安倍晋三元首相が銃撃され亡くなりました。政治的な立場にかかわらず、多くの人が哀悼の意を表明し、事件に対して非難の声を挙げています。ただ、安倍元首相の功績については、見方が分かれています。個性が強い政治家であっただけに、賞賛と非難のどちらかにはっきり分かれているようです。ここでは、安倍元首相が2回目の首相となった時期(「第二次安倍政権」とします)の経済政策「アベノミクス」について、冷静に振り返ってみます。なお、安倍元首相の政治姿勢や政治的功績について論評するものではありません。
安倍氏が2回目に首相となった際に、3つの方針が打ち出されました。「3本の矢」といわれているもで、(1)大胆な金融政策、(2)機動的な財政政策、(3)民間投資を喚起する投資戦略、です。それぞれを具体的に見てみましょう。
当時、先進各国の中央銀行ではインフレ目標を明確に示す流れがありました。日本銀行はすでに金融緩和を続けていましたが、インフレ目標までは打ち出していませんでした。安倍首相(当時)が指名した黒田東彦日銀総裁は、2%を目標として金融緩和をさらに推進しました。それまで日銀が手掛けてこなかった、長期国債の購入を積極的に行い、さらには株式やREIT(不動産投資信託)まで購入していきました。
大規模な金融緩和の結果、為替相場では円安ドル高が進み、輸出産業には追い風となりました。さらに、外国人訪日客が増加し、訪日需要をもたらしました。なによりも、市場にあふれ出た資金が株式相場に流入し、株価が大きく上昇しました。これらによって、景気は拡大を続けました。もっとも、2%のインフレ目標が達成されたのは、ようやく最近になってからのことです。
“機動的な”というとわかりにくいのですが、要するに「財政再建は一時棚上げし、財政支出を増やして景気回復を優先する」ということです。この点は、安倍元首相が最初に首相になった時から大きく変わった点です。小泉純一郎元首相から引き継いだ第一次安倍政権では財再建路線を堅持していましたが、2回目に首相になった際には財政拡大路線に転換しました。もっともこの時から急に財政支出が増えたわけではありません。その前の民主党政権時代に財政支出は拡大しています。第二次安倍政権ではそれを引き継いだといえるでしょう。
一方、税収のほうでは、消費税の引き上げを2回実施しました。民主党政権の最後に与野党で消費税を10%まで引き上げることが合意されていたからです。2014年4月に予定どおりに1回目の引き上げ(5%→8%)を実施しましたが、そこから景気は低迷しました。第2回目の引き上げ(8%→10%)は、2回の延期を経て、2019年10月となりました。安倍首相は前政権からの約束を果たすことに悩まされ続けたといってもよいでしょう。
民間投資を喚起するには、減税や補助金の交付、規制緩和などが考えられます。第2次安倍政権では、法人税の減税やTPPへの加入などを実施しました。ただ安倍元首相自身は、規制緩和にはそれほど積極的ではなかったように思います。その点も小泉政権の時とは違います。
規制緩和が徹底されなかったからなのか、それとも別の要因なのか、企業は収益が回復したにもかかわらず、民間投資はあまり盛り上がりませんでした。増えた利益を自社株投資に充てる企業が多かったようです。企業収益は拡大しましたので、法人税は減税分を取り戻すことができました。
「アベノミクスで景気回復を実現した」といわれますが、第2次安倍政権の時代を通じて、それほど景気が良かったわけではありません。株価の上昇は華々しかったのですが、消費税の増税もあって経済成長率はそれほど高くありませんでした。それでも、途中厳しい時期もありましたが、景気拡大は戦後最長の71カ月続きました。失業率は民主党政権時代から低下していましたが、第2次安倍政権になってさらに低下を続けました。
「アベノミクスによって企業や富裕層は恩恵を受けたが、貧富の差が拡大した」としばしばしばいわれます。貧富の差を測る指標として「ジニ係数」という数値がありますが、これを見る限りでは第2次安倍政権の間に、むしろ貧富の差が縮小していることがわかります。もちろんこれだけで判断できない部分もありますが、失業率の低下が貧富の格差の縮小に寄与したものと思われます。
アベノミクスを“新自由主義”だとする批判もありますが、むしろ実態は逆で、財政支出を増やして景気回復と貧困の解消を目指していました。その財源は消費税の増税であり、いわゆる“リベラル”な経済政策だったといえるでしょう。
景気の拡大が続いたのは、大胆な金融緩和によって為替レートが円安ドル高で推移したことが大きな要因です。一方、そのことが「日本企業を弱くした」との指摘もあります。企業が自社株投資に熱心で、次なる成長への投資に積極的にならなかったからです。アベノミクスの本当の成果は、これから問われるのでしょう。
(文=村井英一/家計の診断・相談室、ファイナンシャル・プランナー)