日本政府は欧米諸国とは異なり、サハリン2をはじめロシアのエネルギー事業から撤退する方針を示していない。ロシア側もサハリン2で生産されたLNGの主要な購入先である日本の企業を排除する意向はないが、特別扱いできないことから、シェルと同様の手続きを要求しているにすぎないのではないだろうか。
撤退を決定したシェルにとって、サハリン2は同社の世界戦略の1つのコマにすぎないが、日本にとってサハリン2は特別な存在だ。日本が輸入しているLNG代金の3分の1を輸送費が占めるが、日本から目の鼻の先にあるサハリン2のLNGの輸送費は他の地域から輸入されるLNGに比べ格段に安い。LNG価格が高騰を続けており、日本にとってサハリン2のLNGの価値は高まるばかりだ。
ロシア側も日本へのLNG供給を減らす余裕はないと思う。前述の大統領令が出された6月30日、ガスプロムの株価は前日に比べ約30%急落した。同社が1998年以来初めて配当を見送ったからだ。今年1月から5月までのガスプロムの旧ソ連構成国以外の天然ガス輸出量は前年に比べて28%急減している。欧州向けの天然ガス輸出が大幅に減少したのが災いした形だ。欧州では6月、米国からのLNG輸入量が史上初めてロシアからの天然ガス輸入量を上回るという事態が起きている。
ガスプロムは創業以来、最悪の危機に直面しており、今回の大統領令はガスプロムの業績悪化への対応という側面もあるのかもしれない。このような状況でロシア側がサハリン2のLNGを日本への武器に使うとは到底思えない。ロシアが求める手続きに唯々諾々と従うことは釈然としないが、「ロシア産天然ガス依存からの脱却」を決定した欧州でもガス購入企業の大半はロシア側が求める新たな支払い方法に従っている。西側諸国とロシアの間で深刻な亀裂が生じてしまった現在、これまでとは異なる手続きを求められるのはやむをえないと考えるしかない。ロシアのやり方はいつも乱暴だが、これに振り回されることなく、日本のエネルギー安全保障を見据えた冷静かつ適切な対応が求められているといえよう。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)