アセアン地域における良品計画の成長は、同社が世界経済の急激な環境変化に対応する力をつけていることを示唆する。1990年代初頭以降、世界経済はグローバル化した。国境の敷居が下がり、先進国の企業は中国や東南アジアの新興国に進出して生産コストの低減を享受した。その一方で、多くの企業が米国などより高い価格で商品を販売するビジネスモデルを構築した。ジャストインタイムのサプライチェーンの整備も進み、世界経済全体で物価が上昇しづらいと同時に国内総生産(GDP)成長率が緩やかに上向く環境が出現した。
しかし、2018年以降の米中対立、コロナ禍、ウクライナ危機の発生などによって、グローバル化が逆回転し始めた。国境のハードルが上昇してサプライチェーンは寸断され、企業の事業運営の効率性が低下している。ウクライナ危機の発生後はエネルギーや穀物など多くのモノとサービスの価格が急騰し、世界全体で物価が急速に上昇している。それが良品計画の減益に与えた影響は大きい。
その状況下、世界の供給基地としてのアセアン経済の重要性が急速に高まっている。例えば、台湾海峡緊迫化などのリスクの高まりを避けるために、マレーシアで車載用の半導体生産能力強化に取り組む半導体メーカーが増えた。タイでは自動車や食品分野などで直接投資が増えている。そのため、世界的に物価が急騰し景気減速懸念が高まる状況下にあっても両国の景況感は底堅い。それが、良品計画のアセアン事業の成長を支えている。
良品計画の中長期的な事業戦略として、アセアン地域やインド市場の重要性はさらに高まる。同社の収益を地域別に考えると、日本では人口の減少と経済の停滞によって国内需要が縮小均衡に向かう。さらに物価の上昇によって節約を優先する家計が増えるだろう。同じことは韓国にも当てはまる。中国ではゼロコロナ政策による景気の急速な冷え込みによって消費者心理の悪化が深刻だ。不動産バブル崩壊も深刻化しており、短期間で中国の個人消費が上向く展開は期待できない。中国経済の成長率低下とウクライナ危機によるエネルギー資源などの価格急騰によって、欧州の個人消費も減少するだろう。
さらに欧米中銀がインフレ退治になりふりかまってはいられなくなった。金利上昇も消費にマイナスだ。その一方で、中国からインドなどに生産拠点を移す企業が増えている。中長期的にアセアン地域やインドは良品計画が長期存続を実現するための最重要地域になる可能性が高い。中国で支持されたように、無印良品ブランドは新興国の消費者にとって憧れの存在といえる。コストの削減を徹底しつつ、各国の消費者の行動様式にあった商品開発を加速することで、良品計画がアセアン地域の成長のダイナミズムをより大きく取り込むことはできるはずだ。
そのために、良品計画は新しい事業運営体制を整備しなければならない。具体的にはアセアン地域などの消費者の好みに精通したマーケティングなどの専門家=プロをより多く登用し、いち早く新しい商品を投入することが不可欠だ。事業運営の効率性を引き上げるために生産拠点の再編など既存のビジネスモデルの再構築も避けて通ることはできないだろう。
近年、良品計画は海外事業を強化してきたが、依然として営業収益の6割は国内で獲得されている。組織内部には、自社は国内の小売ブランドとしての認識が強く残っているだろう。そうした組織の風土を根本から変え世界経済の急激な環境変化にしっかりと対応しつつアセアン地域などの消費者の好みをいちはやく理解し、長く支持される商品を開発する体制を同社は迅速に確立しなければならない。経営陣の腕の見せ所だ。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)