「インフレは民主主義を衰退させる」との指摘がある(6月6日付日本経済新聞)。インフレは一部の者だけが恩恵に浴する事態を生み出す。民主主義の基盤ともいえる中間層の不満を高まるばかりだが、政府がインフレがもたらす不平等を是正する有効な手段を持ち合わせていないことが多い。このため中間層の不満が政治への不信に変わるのが常だが、このような政治状況下で活躍するのはプロパガンダを駆使するポピュリストだ。彼らは中間層の憎悪の炎をかき立てればかき立てるほど、社会に深刻な分断が生まれ、暴力がまん延する。その結果、民主主義が麻痺してしまうというわけだ。
残念ながら米国は先進国のなかで最も暴力事件が起きる状況にある。新型コロナのパンデミックやBLM運動を機にニューヨークを始め大都市の治安はさらに悪化している。銃撃事件が相次いでいる米国で「銃乱射は必要悪だ」と考える人が少なからずいることも明らかになっている。CBS等が6月初旬に行った調査によれば、「銃乱射は自由な社会では受け入れなければならない出来事だ」と回答した人が28パーセントにも上った。
銃犯罪とともに米国社会を揺るがしているのは薬物中毒の問題だ。高騰しているガソリンに比べてコカインの価格のほうが割安になっており、今後、薬物中毒に起因する犯罪が多発する可能性も排除できない。
ウクライナ危機以前の米国では「シビル・ウォー(内戦)」という言葉が飛び交っていた。このような状況は今も続いており、インフレを抑制できないバイデン政権が苦し紛れにポピュリズム的な手法を駆使するようになれば、国内に潜んでいるポピュリストたちに格好の活躍の場を与えるだけだろう。レームダック化が危ぶまれるバイデン政権だが、米国の民主主義自体をも危機にさらしてしまうのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)