中国で民間の資金需要が冷え込んでいる。中国人民銀行(中央銀行)によれば、設備や住宅の購入に充てる中長期(1年超)の銀行融資は5月、前年に比べて40%減少した。中長期の融資は昨年6月から前年割れが続いていたが、今年4月以降、落ち込み幅が拡大した。新型コロナウイルスの感染封じ込めを狙う政府の「ゼロコロナ」政策で景気が悪化し、企業や家計の先行き不安が強まったからだ。
なかでも落ち込みが目立ったのは個人向けだ。5月は76%の大幅減となった。ゼロコロナ政策に伴う厳しい行動規制や値上がり期待の剥落で、マンション購入を見送る人が急増したことが主な要因だ。人民銀行は5月に期間5年超の最優遇貸出金利(ローンプライムレート)を0.15%引き下げ、これに合わせて銀行も住宅ローン金利を下げたが、住宅ローンを申請する動きは乏しいままだ。
このような状況を受け、中国の不動産市況は再び悪化に転じている。今年4月の新築住宅の平均販売価格が前年比0.1%のマイナスとなった。不動産大手の恒大集団の経営危機をきっかけに中国の不動産市場は昨年10月から同年末にかけて急速に悪化したが、今年1月には底打ちの兆候が現れ、第1四半期の市況はある程度安定的に推移していた。
ところが4月に入ると、不動産市場への逆風は再び強まり始めた。中国各地で新型コロナの感染が再拡大し、人の移動を厳しく制限する防疫措置が敷かれたためだ。防疫措置の影響で、住宅の対面販売はほぼストップしたことから、4月の不動産取引額は前年比47%減となってしまった。
コロナ規制は緩和されつつあるが、不動産需要が持ち直す気配は見えてこない。中国の不動産セクターは国内総生産(GDP)の25%超を占める。中国政府は「住宅市場を活性化させて経済を再び成長軌道に載せたい」と躍起になっているが、打ち出された政策の効果が一向にあらわれてこない。それどころか、さらなる難題も浮上している。
中国経済が急減速したことで、住宅購入の主役であるはずの若者の間で住宅購入をためらう動きが広がっているのだ。住宅購入は人生最大の「買い物」だが、中国の若者の消費意欲はこのところ悪化するばかりだ。厳格なゼロコロナ政策に加えて、政府の消費刺激策が他の主要国に比べ小規模なことが災いして、中国の4月の小売売上高は前年比で11.1%減となった。2年前に武漢市で国内初の新型コロナ感染が生じて以来、最大の下落幅だ。
ロックダウンが徐々に解除されつつあるが、買い物客が猛烈な勢いで店舗に押し寄せるいわゆる「リベンジ消費」の現象も起きていない。このような光景を見るにつけ、市場関係者からは「中国の消費者、特に若者たちはかつての自信を失ってしまった。財布のひもは当分の間、緩むことはない」との嘆き節が聞こえてくる。消費意欲を喪失した若者たちが新築マイホーム購入の夢を棚上げしているのは当然だ。
彼らが弱気になっている背景には中国の雇用市場の急速な悪化がある。高成長を続けてきたハイテク分野の企業でさえ従業員のレイオフを実施し始めており、中国の4月の失業率は6.1%と政府目標(5.5%)を上回っている。16~24歳に限って見てみると、失業率は18.2%と跳ね上がり、公式統計を取り始めてから最悪の水準に達している。
「弱り目に祟り目」ではないが、若者たちの雇用状況はさらに悪化する可能性が高い。中国で今年夏に卒業する大学生(専門学校等を含む)は前年比167万人増の1076万人に達し、初めて1000万人の大台を超える見込みだからだ。
毎年のように新卒者の失業問題が取り沙汰されているが、今年は特にコロナ禍の影響で企業側の求人意欲が低く、卒業シーズン後の若年失業率が20%に達するとの試算がある(5月7日付日本経済新聞)。歴史上、最も就職が困難な年になることが必至の情勢だ。自分の仕事が5年後にどうなっているかわからず、「住宅ローンを返済できるほど稼げないのではないか」との不安を抱えた若者たちは、不動産価格がいくら下落したとしても、雇用状況が好転するまで住宅購入に手を出すことはないだろう。
以前から中国では若者たちの間で「結婚もせず、子供も持たず、家も車も買わない、できる限り仕事の量を減らして最低限の生活を送る」という寝そべり族が増えていると報じられてきた。だが、最近になってその上をいく「バイ・ラン(腐り族)」の存在が注目を集めつつある(5月31日付クーリエ・ジャポン)。バイ・ランとは中国語で「そのまま腐らせろ」という意味だ。中国のSNS「ウェイボー」では今年3月から腐り族に関する投稿が激増したという。モチベーションをなくし、生きる気力を失ってしまった彼らは、悪化する自らの状況を積極的に受け入れている。寝そべり族以上にニヒリスティックな精神の持ち主だといっても過言ではない。
激しい競争社会で疲弊した中国の若者たちの絶望感が、コロナ禍や経済の低迷などでさらに増幅されたことのあらわれなのかもしれない。だが、腐り族が今後大増殖するような事態になれば、中国経済の屋台骨までもが腐ってしまうのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)