構想から20年以上が経過して新空港線がようやく始動の兆しを見せたという具合に、整備がなかなか進まなかったのにはいくつか理由がある。その最大のものは建設費をはじめとする費用の負担について、関係する東京都や大田区、開業後に営業を担当する可能性が濃厚な東急電鉄との間で合意が得られなかったからだ。本来であれば総工費の3分の1を占める沿線自治体の負担分は全額東京都が引き受けるならわしであった。しかし、都は難色を示し、大田区が沿線自治体負担分の7割を支払うことで解決をみている。
実際にわずか1.7kmの路線にもかかわらず、新空港線の建設費は国の交通政策審議会が2016年7月に公表した試算で1300億円、大田区の試算でも1360億円で、線路1km当たりの建設費は765億円または800億円と見積もられた。大都市の人口密集地に地下鉄を通すだけに建設費がかさむのはやむを得ない。とはいえ、総務省によれば2006(平成18)年から2010(平成22)年までに開業した公営地下鉄の1km当たりの建設費は195億円であったから、新空港線の高額ぶりは際立つ。
ならば地下ではなく地上に線路を敷けばよいと言いたくなる。けれども新空港線の構想が立てられた周囲には人家が密集しており、線路を通すことは極めて難しい。せめて、地上に設置された東急多摩川線の蒲田駅から新空港線の線路を地下に延ばし、矢口渡~蒲田間分の建設費を節約すればよいとも考えられるが、こちらもさまざまな困難が予想される。蒲田駅のすぐ東隣にJR東日本の蒲田駅がほぼ直角に交差しており、高架橋にしろ、地下トンネルにしろ通り抜けることがほぼ不可能だからだ。
建設費は高額に上っても利用者が多ければいずれ回収できるはずではないか――。国の交通政策審議会は2016年7月15日に新空港線の輸送需要や費用対効果、採算性などを明らかにした。輸送需要としては旅客輸送密度、費用対効果としては費用便益比、採算性としては開業年営業損益比、累積資金収支黒字転換年がそれぞれ示されている。それぞれを紹介しよう。
旅客輸送密度とは、旅客数に平均乗車距離を乗じた旅客人キロを営業距離で割った数値を指す。新空港線矢口渡~京急蒲田間では1日当たり4万5500人から4万5900人となった。2019(令和元)年度の国の統計では、東急多摩川線が同9万0625人/日、空港線が同13万9118人/日であったから物足らない数値ではある。可能な範囲で首都圏のJR、私鉄の各路線を探すと、千葉県習志野市の京成津田沼駅と同県千葉市の千葉中央駅との間を結ぶ京成電鉄千葉線の4万6237人/日が近い。
費用便益比とは、路線の開業によって得られる収入はもちろん、たとえば所要時間の短縮効果といった貨幣に換算可能な数値を便益とし、建設費や開業後の営業費といった費用で割った数値を指す。営業開始後30年間の動向を見ることとなっていて、新空港線の場合は1.9だ。費用便益比は1.0以上で有意義な事業と認められるから、新空港線は基準を満たしている。
開業年営業損益比とは、開業した年の営業収入と営業費との比率で、営業収入を営業費で割った数値だ。新空港線は1.9であり、営業収入の約半数が営業利益となる。開業年営業損益比の望ましい数値は不明ながら、1.0を下回れば赤字経営となるので新空港線は順調なスタートを切るであろう。
累積資金収支黒字転換年とは、毎年の営業収入で建設費を何年で回収できるかという数値で、補助金を含む。新空港線は33年から34年だ。新空港線の建設は第三セクターが担うと目されており、国の基準では第三セクターとして求められる期間は40年以内であるから適合している。