3年ぶりに行動制限のないゴールデンウィークを過ごし、新型コロナウイルスへの不安から解放されつつあったのも束の間、新たなウイルスの感染が増加している。世界保健機関(WHO)は5月21日、サル痘ウイルスの感染について12カ国から92例の陽性確定、さらに28例の疑いがあり、現在調査中である旨を発表した。
サル痘ウイルスによるパンデミックが起きる可能性はあるのか、くぼたクリニック松戸五香院長の窪田徹矢医師に聞いた。
「サル痘とは、オルソポックスウイルス属サル痘ウイルスに感染することによって発症する急性発疹性感染症です。天然痘に類似していることから、海外でのサル痘の感染例の報告がセンセーショナルに伝えられていると思います」(窪田医師)
日本では、現在までサル痘の感染例はなく、昨今の報道で初めてサル痘を知ったという人も多いだろう。サル痘は1958年に発見され、その宿主が医薬品開発のために集められたサルだったことから命名された。その後の研究で、自然界ではリスやネズミなどのげっ歯類がこのサル痘ウイルスを持ち、媒介することがわかっている。
「サル痘ウイルスを持つげっ歯類動物にかまれたり、血液・体液・発疹などに触れたりすると、ヒトにも感染します。しかし、必ずしも重症化するわけではありません。サル痘ウイルスに感染した際の症状は、発熱・頭痛・発疹・リンパ節の腫れなどがあり、致死率は1%から10%程度といわれます。致死率から考えると、新型コロナウイルスのオミクロン株よりも脅威といえます」(同)
日本でも感染が広がる可能性はあるのだろうか。
「基本的にはサル痘ウイルスは、動物からの感染によるもので現状では、日本で感染が広がる可能性は低いと思います」(同)
日本でサル痘ウイルスの感染が広がるとすれば、そのルートは2つ考えられるという。
「ひとつは、サル痘ウイルスを持つげっ歯類動物が日本に持ち込まれ、なんらかの理由で野生のネズミなどに広がり、人へと感染が広がるルート。もうひとつは、海外では人から人への感染例も確認されているようなので、サル痘ウイルスに感染した人が未発症のまま日本に入国し、ほかの人へ感染を広げるルートがあり得ます」(同)
しかしながら、どちらのルートも考えにくいと窪田医師は考察する。
「2017年から感染症予防法に基づく、げっ歯類動物の輸入届出制があり、海外から持ち込まれたげっ歯類動物が外に放たれることは考えにくい。また、サル痘ウイルスが人から人へ感染するには、濃厚な接触がなければ感染が広がることはないと考えます」(同)
我々は過去に天然痘を撲滅した経験があり、感染拡大の兆しが見えれば、対策は可能と考えられる。
「天然痘はワクチンの接種が功を奏し、WHOは1980 年5月、天然痘の世界根絶宣言を行いました。サル痘は天然痘に類似しているため、天然痘ワクチンが有効であることがわかっています。感染から数日以内であれば、天然痘ワクチンが治療的効果もあるといわれます」(同)
イギリスでは、すでに医療従事者への天然痘ワクチンの提供が始まっているという報道もあり、日本でもサル痘の感染状況を観察し、必要となれば天然痘ワクチンを生産する体制が取られることを期待したい。
サル痘に感染しても軽症に終わることが多いので、過度に心配しないことが大切だろう。インターネット上では、「次のパンデミックは何か?」といった予言などが話題になっているようだが、医学的根拠はないものばかりであり、誤った情報に振り回されないことが大事だ。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)
吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト
1969年12月25日福島県生まれ。1992年東北薬科大学卒業。薬物乱用防止の啓蒙活動、心の問題などにも取り組み、コラム執筆のほか、講演、セミナーなども行っている。