日本の重電の雄・三菱重工の強烈な危機感、脱・重電で変貌…「脱炭素」に巨額投資

 得られた資金が再配分されている主な分野が、脱炭素や物流関連の分野だ。経営陣は収益化が難しい航空機ビジネスへの取り組みをいったんは減速させ、加速度的な需要の増加が期待される世界経済の先端分野での取り組みを強化しなければならないと組織内外に意思を表明している。

 その一つとして同社は2030年度までに脱炭素関連分野に2兆円の資金を投じる。脱炭素関連の事業運営の効率性を高めるために、三菱重工は風力発電設備の世界最大手企業であるデンマークのヴェスタスと折半出資で設立した会社を解消した。当初、三菱重工は大型風車の製造を得意とするヴェスタスとの合同事業によって自社の風車製造能力を強化しようとしたが、実績が上がらなかった。その反省から今後はヴェスタスが開発した風車などを国内およびアジア新興国向けに販売することに集中する。

 また、物流関連の分野でも新しい取り組みが増えている。具体的にはフォークリフトなど同社が強みを発揮してきたモノの製造に加えて、倉庫内の無人化システムの提供など物流分野でのIoT導入の増加に対応した取り組みが強化されている。世界経済のデジタル化によって物流分野は大忙しの状況にある。ドライバーなど人手不足は深刻だ。米アマゾンで労働組合が結成されるなど、物流施設の労働環境は過酷だ。そうした問題を解決するために、物流分野でのデジタル技術導入は加速するだろう。このように考えると、三菱重工の事業運営の発想は、自前主義に基づくハード重視から他社との連携強化によるハードとソフトの融合へ、徐々に変化しているように見える。

不退転の姿勢での経営風土改革

 今後、脱炭素、よりクリーンなエネルギー利用、物流の分野で三菱重工のビジネスチャンスは拡大するだろう。ウクライナ危機をきっかけに、ドイツはエネルギーのロシア依存から脱却する覚悟を固めた。世界全体で液化天然ガスの受け入れ施設などの建設は増えるだろう。各国がエネルギーを安定して確保するために再生可能エネルギー利用の重要性も増す。デジタル化の加速は大型冷蔵庫なども含めた物流施設やその運営を支えるITシステムの需要を押し上げる。

 そうした展開が予想される環境下、三菱重工は重厚長大分野でのモノづくりの力を生かしつつ、他社との連携や既存の生産要素の再配分によって脱炭素や物流分野での競争力を強化しようとしている。その事業戦略は中長期的な業績の拡大に貢献する可能性が高い。その実現には、経営陣があきらめることなく事業ポートフォリオの入れ替えを進めることが求められる。他方で、事業運営体制の変革は、組織を構成する人々に不安を与える。三菱重工は産業用機器や防衛機器など、わが国のモノづくりの力を体現する企業のひとつだ。それだけにMSJの開発凍結などにやる気を落としたり、先行きへの不安を抱いたりする従業員は多いだろう。経営陣は、組織の動揺や不安を解消しなければならない。

 言い換えれば、経営陣は新しい経営風土の醸成を目指すべき時を迎えた。例えば、同社が米国で取り組むクリーン水素の製造では二酸化炭素の回収、貯留などを支える装置の製造技術向上が欠かせない。それは、航空機を開発する、あるいは鉄鋼など重厚長大分野の装置の製造することとは異なる。

 同社が脱炭素など世界経済の先端分野のビジネスチャンスを確実に手に入れるためには、組織を構成する個々人が迅速に発想を転換して新しいことに取り組み、成功や成長を実感することが欠かせない。それができれば企業は成長できる。三菱重工の経営陣が不退転の姿勢でビジネスモデルの改革を進め、どのようにして新しい経営風土の醸成を目指すかが注目される。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

●真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。

著書・論文

『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)

『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)

『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)

『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)

『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。