一つ目が、海洋再生可能エネルギーの利用技術の創出だ。商船三井は海洋温度差発電以外にも複数の取り組みを進めている。検討レベルのものも含め主な事業として、世界各国で導入が加速している洋上の風力発電がある。また、波の力を利用して発電を行う波力発電の分野で商船三井は英国の波力発電装置メーカーであるボンボラウェイブパワーに出資した。
海洋温度差発電と波力発電に共通するのは、洋上風力発電に比べて事業化が遅れていることだ。商船三井は脱炭素の切り札である洋上風力に加えて、競争が激化していない(コスト面を中心に実用化へのハードルが高い)海洋再生エネルギーの実用化を確立することによって、社会インフラ企業としての地位を確立しようとしている。今後は、潮流発電、海流発電の分野でも商船三井が他の企業との合弁事業やメーカーへの出資を行う展開が予想される。
もう一つの分野が、船舶分野での脱炭素の取り組み強化だ。同社は次世代バイオディーゼルを用いたフェリーの実証試験航海を実施した。それに加えて、タンカーなど船舶の燃料切り替えが加速している。燃焼時に二酸化炭素の排出が少ない液化天然ガス(LNG)を燃料に用いたタンカー、あるいは燃焼時に二酸化炭素を発生しないアンモニアや水素を用いた船舶の運航が目指されている。そのためにも、商船三井は海洋再生エネルギーの利用技術の実現を急ぐだろう。それは、港湾施設の脱炭素推進にも大きく影響する。
今後、商船三井の競争環境は激化する。脱炭素に関して、商船三井は2050年のネットゼロ・エミッション達成を目指している。しかし、世界の海運業界ではデンマークのA.P.モラー・マースクがその達成時期を2040年に前倒しした。マースクは脱炭素を急ぐことによって持続可能な社会インフラ企業としての競争ポジションを確立しようとしている。中国では国有の海運最大手、中国遠洋海運集団(コスコ・グループ)が共産党政権の支援を受けながら事業を急拡大し、2021年12月期の純利益は前年から9倍増だった。
ウクライナ危機によって、世界経済はブロック化し始め液化天然ガスの争奪戦などが熾烈化している。そうした需要を取り込むために、海運各社はクリーンなタンカーを増やし、輸送能力を引き上げなければならない。さらには買収などによる事業規模の拡大も進み、世界の海運業界の再編が加速するだろう。そうした取り組みを他社に先んじて実行する経営体力をつけることが、各社の長期存続に決定的なインパクトを与える。日本のように資源を輸入に頼る国にとって、海運企業の競争力は国全体でのエネルギー調達力に決定的な影響を与える。デジタル化によって海運など物流業の重要性も一段と高まる。
事業環境の急速な変化を成長のチャンスにするために、商船三井は海洋温度差発電など新しい取り組みを増やし、収益源の多角化を急がなければならない。それが、バリューチェーン全体での脱炭素の推進を支えるだろう。地域別には、国内に加えて、中長期的な経済成長と世界経済のサプライチェーンの心臓部としての役割期待が高まる東アジアやアセアン地域の新興国での洋上風力発電や関連する作業船の運航体制を強化するだろう。
異業種企業との提携や出資も増えるだろう。また、海運事業では同社と日本郵船、川崎汽船のコンテナ事業の統合によって誕生した“オーシャン・ネットワーク・エクスプレス(ONE)”に加えて、ドライバルク事業やエネルギー運搬事業でも他社との連携を進めたり、資産を取得したりすることによって収益性の向上が目指されるだろう。商船三井経営陣が新しい収益源の確立のために資金の再配分を加速し、事業運営の効率性を高める展開を期待したい。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)
●真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授
一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。