日本商工会議所会頭、三菱商事前会長・小林健氏が内定、その「舞台裏と因縁」

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日本商工会議所のHPより

 日本商工会議所は三村明夫会頭(81、日本製鉄名誉会長)の後任に三菱商事の前会長の小林健氏(73)を充てる人事を内定した。交代は9年ぶり。11月の会員総会を経て就任する。任期は2期6年が通例で東京商工会議所会頭を兼ねる。総合商社出身の日商トップは初めて。経団連、経済同友会と日商が財界3団体で、トップは重厚長大のトップの指定席になっていた。

 三村氏は2013年に19代日商会頭に就いて以来、異例の3期9年にわたって務めている。13代会頭の故・永野重雄氏(富士製鉄元社長)が1969年9月から14年間務めた長期政権には及ばないものの、16代会頭の故・稲葉興作氏(旧石川島播磨重工元社長)が1993年から8年務めたのを上回る。

 三菱商事の小林氏に白羽の矢が立ったのはなぜか。3月10日、記者団の取材に応じた三村氏は、起用の理由について「(会頭には)グローバルの視点を持ち、大企業も中小・スタートアップもよく知っている人が望ましい。その時代に適した人物が就くべきだ」と語った。「総合商社の将来を見据えたグローバルな視点が中小企業や日本経済の構造転換にプラスに作用する」と力説した。

 小林氏は経団連副会長や日本貿易会会長を歴任するなど財界活動の経験は長い。今年4月1日付で三菱商事の会長ポストを垣内威彦社長(66)に譲り、相談役に退いた。経団連の審議員会副議長のポストも6月には垣内氏にバトンタッチする。準備万端を整えて日商会頭に挑む。

 異例の3期目に入っている三村会頭は中小企業の生産性の向上を至上命題としてきた。その実現には中小企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)や、下請けへのしわ寄せが長らく問題になっている取引価格の是正など避けて通れない課題が目白押しだ。そうした日本の産業構造の転換の旗振り役を製造業の出身者ではなく、商社出身の小林氏に託した。

 経済同友会の櫻田謙悟代表幹事は「モノづくり中心からサービス業への変化を反映した人事。(小林氏は)中小企業の海外展開に知見がある」と期待感を示した。経済3団体のうち、「財界総本山」と称される経団連は製造業出身の十倉雅和氏(住友化学会長)が会長に就いているが、同友会の代表幹事は3年前、総合化学(三菱ケミカルホールディングス)出身の小林喜光氏から金融(SOMPOホールディングス)の櫻田氏に交代した。

 そして今回、「鉄は国家なり」を謳歌してきた日本製鉄名誉会長の三村氏から商社出身の小林氏へバトンタッチする。財界3トップのうち2つを非製造業出身者が占めるわけだ。日本の産業構造の変化を映し出したトップ人事である。

組織の三菱の面目躍如

 東芝の長期衰退の原因の一つが“財界病”であることは財界人なら誰もが認めるところだ。2010年、経団連会長はキヤノン会長の御手洗冨士夫氏から住友化学の米倉弘昌会長に替わった。御手洗氏は“お友達”だった西田厚聡氏(経団連副会長で東芝会長)を据えたかったが、西田氏の前任社長の岡村正氏(第18代日本商工会議所会長)がその前に立ちはだかった。

 今でもそうだが、この時のほうがもっとこの不文律が強く生きてきたといっていいのだが、経済3団体(経団連、経済同友会、日本商工会議所)のトップを同じ時期に出身母体が同じ企業のトップ経験者がやらないという“紳士協定”がある。西田氏が経団連会長になるためには岡村氏が日商会頭を自ら進んで辞めなければならなかったが、東芝の有力OBがこぞって西田氏の経団連会長就任阻止に動いた、と伝えられている。元社長で相談役の西室泰三氏は経団連会長になることを悲願としてきたが、とうとうなれなかった。その西室氏が「岡村さんは日商会頭を続けるべきだ」と激励したというのだ。

 東芝内部の“軋轢”が西田経団連会長人事を潰した、と財界で話題になった。一方、三菱商事は水面下ではいろいろあったが、それを覆い隠して一枚岩を演出し、小林氏を日商会頭に送り出す。

 こんな因縁話も聞こえてくる。日商会頭の座を三村氏は三菱商事の小島順彦元会長(80)と競り合ったといわれている。三村氏は辞める際には後任に三菱商事から出すことを考えていたのかもしれない、というのだ。背景はどうあれ、三菱商事社内での存在感が薄れつつあった小林氏にとって、ウェルカムの財界人事だったことは間違いない。

(文=Business Journal編集部)