ロシアを窮地に追い込んだウクライナ政府の驚嘆すべきIT・AI戦術…世界中を動かす

 7)の情報発信では、ゼレンスキー大統領が主要国の国会で生演説を行ったり毎日何度もニュースに登場する前後の根回し、フォローも多数行っている点が重要です。加えて、自身も毎日何度も、主要メディアが拾いきれなかった情報を主に英語で発信。ツイッターに虐殺者の顔を暴露していたりします。ハッカーグループが暴きだしたロシア政府の諜報員(スパイ)数百人の実名と電話番号らしきものを一部黒塗りで出したりもしています。

 同じ情報戦でも、ロシアは徹底的に隠ぺい、抑圧、弾圧する情報戦ですが、フェドロフ副首相の率いるウクライナの情報戦は、敵の機密情報(intelligence)を暴き出し、公開したり、自軍で共有して活用するという正反対の戦術です。情報収集のために、民間人のドローンやスマホから膨大な情報を集めるべく、数日でソフトウェア(アプリやAPI)、ネットワークを開発し即運用するという超近代的手法で、圧勝しているといえます。

 以前の拙連載で機械翻訳DeepLの劇的に向上した機械翻訳の能力、精度に触れました。現地情報を現地語からダイレクトに翻訳することで、欧米メディア、記者に依存しない新しいニュース配信が立ち上がりつつある感がありますが、全世界の一般公衆が機械翻訳により、ロシア語やウクライナ語で情報発信できるようになっている現実も重要ではないでしょうか。

 早速やってみました。単に死亡・負傷ロシア兵の情報をロシア政府に送りつけるだけでなく、「ロシア兵の母親の会」に1万人の情報を送ってしまえば、一気にロシア国内で厭戦気分が広まるのでは? と思いついたためです。「ロシア兵士の母親の委員会の連合は、以前の反戦体制と停戦において重要な役割を果たしてきたと聞いています。 戦争で亡くなったすべての若いロシア兵の名前を母親協会に伝えるのは良いことではありませんか?」と投稿(逆翻訳かけて収束した文です):

 

 

 このスレに、DeepLでロシア語に、Google翻訳でウクライナ語に翻訳。少々字数オーバーしたので、原文を短縮し、逆翻訳で意味を確認しつつ、両語に翻訳した結果をスレに付加しました。

ロシア語:https://twitter.com/nomuran/status/1511289452793982977

ウクライナ語:https://twitter.com/nomuran/status/1511288525127237634

 各々、Tweetを翻訳、をクリックしたら、Googleによるロシア語からの翻訳、Googleによるウクライナ語からの翻訳と出て意味を確認できます。

 これらがわずかでもウクライナやロシアの関係者の目に触れてくれれば、停戦が近づき、無用に命が奪われる事態の収束が早まってくれないか。こんな援護射撃も役に立つ可能性がゼロではなくなっている。ロシア語、ウクライナ語で上記投稿をしたことで、市民有志がいつでも世界中どこからでも「参戦」できてしまう戦争になっていることを実感しました。

(文=野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)

●野村直之

AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員。

1962年生まれ。1984年、東京大学工学部卒業、2002年、理学博士号取得(九州大学)。NECC&C研究所、ジャストシステム、法政大学、リコー勤務をへて、法政大学大学院客員教授。2005年、メタデータ(株)を創業。ビッグデータ分析、ソーシャル活用、各種人工知能応用ソリューションを提供。この間、米マサチューセッツ工科大学(MIT)人工知能研究所客員研究員。MITでは、「人工知能の父」マービン・ミンスキーと一時期同室。同じくMITの言語学者、ノーム・チョムスキーとも議論。ディープラーニングを支えるイメージネット(ImageNet)の基礎となったワードネット(WordNet)の活用研究に携わり、日本の第5世代コンピュータ開発機構ICOTからスピン・オフした知識ベース開発にも参加。日々、様々なソフトウェア開発に従事するとともに、産業、生活、行政、教育など、幅広く社会にAIを活用する問題に深い関心を持つ。 著作など:WordNet: An Electronic Lexical Database,edited by Christiane D. Fellbaum, MIT Press, 1998.(共著)他