屋外で音楽を聴く、歩きながら音楽を聴く、今では当たり前になったこの習慣を最初につくり出したのは、ソニーの「ウォークマン」だ。初号機は1979年の発売で、当時はカセットテープだった。
ソニー製品のなかでも特に大ヒットした商品であるウォークマンも、実は偶然から生まれたものだった。
ソニーは戦後の日本で創業された電機メーカーだ。創業当時は、なかなかヒット作に恵まれなかった。最初に出した製品は炊飯器だが、全然炊き上がらない欠陥商品だったといわれている。
そんななか最初にヒットしたのが、録音機器の「テープレコーダー」だ。放送局や教育機関に売れ、その後、録音機器は進化、小型化して「プレスマン」として売れ続けた。
プレスマンの開発部隊では、就業中にも音楽を手軽に聞けるように、ステレオ回路を付加して使っていた。そこにソニーの創業者で当時名誉会長だった井深大氏が偶然立ち寄り、プレスマンの改造機に気づいた。井深氏は「これはすごく良い」と評価し、本格的な開発が始まった。
しかし当時、テープレコーダーは文字通り録音できなければいけない。録音ができた上にスピーカーで聴けて、しかも持ち運べる、という商品を開発するのは不可能だと開発部が井深氏に進言すると、井深氏は「録音機能とスピーカーを省いてつくってはどうか」と、逆に進言した。
社内では「こんなものが売れるのか?」と、半信半疑の状態だった。それを裏づける逸話がある。ソニーのもう一人の創業者で当時会長だった盛田昭夫氏は、「ウォークマン」初号機の販売計画を、月産6万台で設定していた。しかし、製造責任者が売れ残ることを心配し、月産3万台を念頭に部品などを発注していたという。
だが、蓋を開けてみると、ウォークマン初号機は月産20万台まで伸び、大ヒットとなった。盛田氏の予想の、実に3倍以上だった。
ウォークマンは、開発者が遊びで偶然、ステレオ改造機をつくっていなければ、この大ヒットはなかった。井深氏が偶然、開発室に立ち寄らなければ、生まれなかった。偶然、他の部署で小型ヘッドフォンを開発していなければ、ヘッドフォン付ウォークマンは世に出ていなかった。
ウォークマンもまた、偶然が成功に導いた事例のひとつなのだ。
偶然を引き寄せて成功するには、能力や才能は必要ない。では、どうすれば偶然を活かすことができるのだろうか。筆者が長年、経営コンサルタントとして、成功した経営者を見てきた経験から、偶然を引き寄せることができる人には、次のような特徴があることがわかっている。
・ミスを楽しむ
・偶然を楽しむ
・目標を立てない
・社交性に富んでいる
・直感力が強い
・勇気がある
・ラチェット(歯止め)効果を働かせる
・悲観的推測に基づいて行動する
・メンバーの遊びを許容できる
・ミスを許容する
・会話が多い
次回は、これらの項目を、ひとつひとつ解説していこう。
(文=野田宜成/株式会社野田宜成総合研究所代表取締役、継続経営コンサルタント)
※参照
『ブレイクスルー!事業飛躍の突破口』(P.ランガナス ナヤック著、ジョン・M. ケタリンガム著、ダイヤモンド社刊)
『「ツキ」の科学 運をコントロールする技術』(マックス・ギュンター著、PHP研究所刊)
●野田宜成/株式会社野田宜成総合研究所代表取締役、継続経営コンサルタント
ビジネスに役立つ情報がたった2時間で手に入る勉強会ビジネスサークルを主催。「事業を永続させるには、社長が我社の守るべきもの、変えていくべきものを明確にし、効果的な仕組みをつくることが重要」と主唱する継続経営コンサルタント。神奈川大学卒業後、日産車体に入社。エンジニアとしてプロジェクトの第一線で継続した品質向上、生産効率の改善に従事。その後、船井総合研究所に転身。
不易流行を元とした、永く続く企業づくりの指導に邁進する。独立後も継続する経営をテーマに500社以上の企業を指導。短期的な視点だけの数字にとらわれず常に売上を向上し、事業を継続させる仕組みを構築させる。これらの経験を活かし、2005年から2006年、沖縄大学大学院非常勤講師。2011年から2014年、浜松大学経営学部外部講師を務める。
著書『こいつできる!と思われる いまどきの段取り』『~見えないものがみえてくる~数値力の磨き方』(日本実業出版社)など。