しかし、ルネサスは国内大手自動車メーカーや電機、機械メーカーなど多くの企業からの人員派遣や製造装置の優先的な納入などの支援を取り付けることによって、早期に生産の復旧を実現したのである。それが可能だったのは、マイコンをはじめとするルネサスの車載用半導体生産力が、日本経済の大黒柱である自動車産業に不可欠だったからだ。
さらに、昨年夏場のデルタ株による感染再拡大が、ルネサスにとっての車載用半導体事業の重要性を一段と高めた。感染再拡大によって、東南アジア各国の動線が寸断された。車載用半導体の大手メーカーである独インフィニオン、蘭NXPセミコンダクターズ、スイスのSTマイクロエレクトロニクスなどが生産拠点を置くマレーシアなどで生産活動は停滞し、日本の自動車メーカーは部品不足に陥った。その結果、国内の完成車生産が減少した。その後も、オミクロン株による感染再拡大によって、国内の自動車生産は不安定に推移している。
その状況下、ルネサスの車載用半導体の在庫は、目標とする水準を大きく下回っている。産業用半導体の在庫も目標水準を下回っているが、需給逼迫の度合いは車載用のほうが強いようだ。決算説明資料に掲載されている2022年12月期通期の需要見通しに関しても、車載用のほうが強い。世界の半導体市況の中でも、車載用の半導体不足はかなり深刻とみらる。多くの自動車メーカーがルネサスからの半導体調達を急いでおり、受注も積み上がっている。買収による売上高の拡大に加えて、ルネサスが車載用半導体の製造技術に磨きをかけたことが、2021年12月期までの業績拡大を支えた。
ただし、今後の展開は楽観できない。2022年に入り、ルネサスを取り巻くリスク要因が増えている。感染再拡大によって世界のサプライチェーンは寸断された。脱炭素の影響も重なり、エネルギー資源や半導体の部材などの価格は高騰している。それはルネサスにとってコスト増加の要因だ。また、半導体メーカーの業績は世界経済の環境変化に大きく影響される。物価上昇によって3月以降に米連邦準備制度理事会(FRB)は金融政策を転換するだろう。利上げと流動性吸収への警戒感から米国を中心に世界の金利は上昇し始め、IT先端銘柄を中心に世界的に株価が下落した。
それに加えて、ロシアによるウクライナ侵攻によって世界情勢は大きく変わり始めている。投資家のリスク回避姿勢が強まり、世界の株価がさらに調整して景気が減速する可能性は一段と高まっている。主要国の景気が減速すれば、企業の設備投資は減少する。それはルネサスの業績悪化の要因となり、同社はのれんの減損処理を強いられる恐れがある。
世界の半導体産業の競争も激化している。米インテルは車載半導体の生産能力強化に取り組み始めた。そのために、インテルはイスラエルのタワーセミコンダクターを買収する。韓国のサムスン電子もEVシフトへの対応などを念頭に車載用半導体の生産能力を強化している。国内外で車載用半導体の生産に進出する自動車、自動車部品メーカーなども増えている。それだけ自動車の成長期待は高い。自動車関連の半導体需要の争奪戦は熾烈化するだろう。そのなかでルネサスの経営体力が低下すれば、同社の競争力は大きく後退するだろう。それは、日本経済にマイナスの影響を与える。
同社の経営陣に求められることは、財務と生産面のリスク管理を徹底しつつ、強みを持つ分野への選択と集中を進めることだ。車載用の半導体はその重要な選択肢になるだろう。買収した企業の事業体制を見直し、収益性が低下した資産の売却が実施される展開も考えられる。それによって強みを発揮できる分野に経営資源を集中させることが、ルネサスの持続的な成長を支えるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)
●真壁昭夫/法政大学大学院教授
一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。