ジャーディン・マセソン・グループの傘下で、香港に拠点を置いている高級ホテル運営会社マンダリン オリエンタルの経営陣が香港から撤退することが明らかになった。ジェームズ・ライリー最高経営責任者(CEO)が英紙フィナンシャル・タイムズに「経営チームが香港にとどまることは、もはや不可能である」と語った。
マンダリン オリエンタル ホテル グループは現在、13カ国に21のホテル(約8000室)を展開し、シャングリ・ラ ホテルズ&リゾーツや香港&上海ホテルズ(ペニンシュラ)と並び、アジアを代表する高級ホテルチェーンとして欧米でもその名が知られている。2005年12月2日にはマンダリン オリエンタル 東京が日本橋にオープンし、日本に初めて進出した。
そのような国際的な名門ホテルグループが拠点を置いている香港から経営陣が撤退するのは、新型コロナウイルスの感染拡大により、香港が中国本土同様、厳しい「ゼロコロナ政策」を実施し、英米からの旅客機の乗り入れを禁止するなど、主要国に比べて厳しい渡航規制を続けているためだ。
ライリーCEOは「香港駐在の主要な経営責任者は海外に出張して、香港に戻ってこられなくなってしまった。香港の最高執行責任者(COO)は15カ月前に香港を離れてから、戻ってくる予定はない。彼はいまここで何もできないのだ」と明かす。
そのうえで、ライリー氏は「(香港は)ビジネスを行う拠点として、いまはとても貧弱な場所になってしまった。ホテルにも行けないし、お客さんにも、オーナー候補にも会えない。どこにも行けないのだ」と語っている。
香港では政府の指示により、感染者との濃厚接触を感知する追跡アプリ「LeaveHomeSafe(家庭を安全にする)」のインストールが必要となったほか、夜間の外出禁止、自宅などのプライベートな場所でも集まるのは家族2組までに制限、理髪店の閉鎖といった措置を決めている。このため、規制がかかる前に散髪しようとする人々が殺到し、通りに長い行列ができたほどだ。
集会の禁止は「香港の疫病状況が急激に悪化した」ことを受けたもので、香港政府は「この措置により、事実上、ワクチン接種を受け、追跡アプリを使用する意思のある人だけが、買い物やその他のビジネスを利用することができる」などと発表している。
これについて、香港城市大学の羅嘉忠客員教授(金融・経済学)は米政府系報道機関「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」の取材に、次のように語っている。
「国際企業は香港をビジネスの場として適さないと考えてきているようだ。国際金融や貿易分野の企業が、閉鎖的な国境や旅行制限を望まないのは理解できるし、マンダリン オリエンタルのようなホテルは、そうした制限の影響を真っ先に受けるかもしれない。香港に来ることができず、そして香港に戻ることもできないのであれば、何のためにホテルが必要なのか。
香港はもはや世界都市ではないことを人々が徐々に認識し、その結果、外国資本が香港から流出し続けていくことは必然だ。当局が厳しい規制を望む限り、これはこれからも続いていくだろうし、香港には不服申し立てのメカニズムもないのだから」
在香港米国商工会議所(AmCham)が2021年7月に発表した調査によると、調査対象となった325社のうち40%以上が、「香港からの撤退を計画しているか、考えている」という。3%が「すぐに撤退する」と答え、10%が「夏の終わりまでに」、15%が「年末までに撤退予定」と答えている。さらに48%は、「今後3~5年の間に撤退する可能性がある」と答えるなど、ほとんどの米企業が撤退を視野に入れていることが明らかになっている。ちなみに、香港を離れる予定の人のうち、62%が香港国家安全維持法への違和感を理由に挙げ、36%が子供の教育の質に影響することを懸念しているという。
香港は英国領として国際都市、アジアのハブとして隆盛を誇ってきたが、1997年以降、徐々に中国の一地方都市と化して、もはや国際都市としての機能を果し得なくなっているのは事実であり、これも中国に飲み込まれた香港の末路といえなくもない。
(取材・文=相馬勝/ジャーナリスト)
●相馬勝/ジャーナリスト
1956年、青森県生まれ。東京外国語大学中国語学科卒業。産経新聞外信部記者、次長、香港支局長、米ジョージワシントン大学東アジア研究所でフルブライト研究員、米ハーバード大学でニーマン特別ジャーナリズム研究員を経て、2010年6月末で産経新聞社を退社し現在ジャーナリスト。著書は「中国共産党に消された人々」(小学館刊=小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞作品)、「中国軍300万人次の戦争」(講談社)、「ハーバード大学で日本はこう教えられている」(新潮社刊)、「習近平の『反日計画』―中国『機密文書』に記された危険な野望」(小学館刊)など多数。