山梨県を代表するテーマパーク「富士急ハイランド」(富士吉田市)で、遊具の利用客が負傷する事故が相次いでいる。人気アトラクション「ド・ドドンパ」での事故は発生から半年以上、県に報告せず放置。同社に批判が殺到した。先月には観覧車の窓が開いたまま運行する前代未聞のアクシデントが起き、安全が軽視されている。
一連の事故や事後対応の甘さは、ガバナンスが効いていないがゆえに生じたことはいうまでもない。ただ、問題の背後には、県知事の長崎幸太郎氏と富士北麓地域で観光事業を大展開する富士急行を率いる堀内家による県を分断する骨肉の争いが見え隠れする。
新型コロナウイルス感染症が列島を襲った夏。長崎氏は8月20日に県庁で記者会見し、「極めて遺憾だ」と語気を強めた。昨年末以降、ド・ドドンパの利用客4人が骨折したにもかかわらず、報告を8カ月間怠っていたことが発覚したため。
富士急ハイランドは11日後の31日、4人とは別に新たに2人が骨折するなどのけがを負っていたことが分かったと発表。同社が設けた相談窓口には、けがをしたなどの申し出が殺到し、わずか10日間で130件を超えた。
同社は「報告事案に当たるとは思っていなかった」と釈明したが、長崎氏は「速やかに報告してもらえれば、このようなことはなかった」と断じた。
同社が事故の原因を究明するため設置した第三者委員会は11月、ド・ドドンパ利用客に対する乗車時の注意喚起方法に改善の余地があるとした中間報告をまとめた。これを受け、同社は早速安全対策を強化した。
通常の事故であれば、話はここまで。しかし、ここで話を完結できないほど山梨県と富士急行の間には深い亀裂が入っている。両者はいわゆる県有地問題を抱え現在係争中。県は富士急行に貸し出している県有地の賃料引き上げを目指しているが、同社は反発を強める。県議会は知事派と同社を支持する側に割れ、県民置き去りの権力闘争が続いている。ド・ドドンパの事故も政争の具になりそうな雰囲気が漂う。
県有地問題とド・ドドンパ事故が相まって激化する対立に県民は苦々しい思いでいっぱいだ。さらにこの間、新たな火種になりかねない出来事が2つ起きた。
一つは、長崎氏と衆院山梨2区で争いを繰り広げた堀内詔子衆院議員が、岸田文雄内閣の発足に伴いワクチン相に就任したこと。2017年の衆院選では堀内、長崎両氏は無所属で出馬し、勝ったほうを自民党が追加公認するという死闘を繰り広げた。結果、堀内氏が長崎氏を下し、同氏は19年に知事に転身した。両氏は表向きには「手打ちをした」ことになっているが、実態は違う。
県内の市町村長選では必ずといっていいほど、両氏は別々の候補を支援し主導権争いを繰り広げている。長崎氏の後ろ盾である二階俊博氏は自民党幹事長の座を追われて失脚。一方、権力闘争に勝ち抜いた岸田首相は長崎氏のライバルである堀内氏を閣僚に迎えた。堀内氏の政界での地位が着々と高まり、対立は臨界点を迎えたとの見方がある。
さらに10月の総選挙の結果を受け、衆院議員へ返り咲く長崎氏のシナリオは破綻した。ある自民党山梨県連関係者は今年に入ってから「中谷真一氏は次の選挙で落ちる。自民党の規定では小選挙区で落ち続ける候補には次の選挙で公認は出ない。長崎氏が中谷氏の後釜を狙う」という見通しを示していた。ただ、中谷氏は10月の総選挙で山梨1区で立憲民主党の中島克仁氏に勝利。今後4年以内に行われる次の総選挙で中谷氏が自民党公認を得ることは間違いない。
中谷氏は、これまで小選挙区で勝ったことがない。ある関係者は「保守層が強く支持する中島氏が共産党と組んだことで、票が自民党に流れた。野党共闘が実現していなかったら中谷氏は負けていた」と解説する。
野党共闘が思わぬ形で自民党にもたらした勝利により、同党を支持する長崎氏が厳しい立場に追いやられる皮肉な結果となった。ライバルが台頭し、国政にも戻ることが難しくなった長崎氏。県政を取り巻く問題を前進させるのか。それともさらに堀内氏と対立を深めるのか。一挙手一投足を見守っていきたい。
(文=編集部)