自民党内で中国への対応をめぐる路線対立が激化している。直接のきっかけは林芳正外相の発言。11月21日に出演したフジテレビの番組で、18日に行われた日中外相電話会談で王毅外相から訪中の招待があったことを明らかにしたのだ。さらに、同日のBS朝日の番組では、訪中について「招請を受けたので、調整していこうということになっている」と踏み込んだ。
これにさっそく、自民党内から反発が噴出。24日、党の外交部会で佐藤正久部会長が「間違ったメッセージを海外に出すことになる」とくぎを刺し、「来年は日中国交正常化50周年だが、非常に敏感な時期だ。考慮してもらいたい」と慎重な対応を求めた。
ところが、自民党の福田達夫総務会長は、こうした党内からの反発に反論。26日の記者会見で、「厳しい関係になっている相手であればあるほど、対話のルートは必要だ。外相の職務を果たすのは当たり前のことだ」と、林氏の訪中に理解を示したのだった。
元幹事長の二階俊博氏が親中派だったこともあり、安倍晋三政権時代から自民党内は中国への対応で、強硬派と対話派に割れてはいたが、岸田文雄政権になり、岸田氏が側近の林氏を外相に起用して、それがさらに顕在化してきた。透けて見えるのは、安倍氏の存在。自民党内の対中政策に、「安倍か、非安倍か」という構図が絡み合っている。
林氏は外相就任にともない辞任したものの、日中友好議員連盟の会長だった。外相起用にあたっては、議連会長を理由に「対中関係で国際社会に間違ったメッセージを与えかねない」と安倍元首相が難色を示したとされる。
安倍氏が林外相を阻止したかったのは、本音では地元山口県で、林家が親の代から続く政敵関係にあるからだろうが、対中政策の違いは安倍氏にとって林氏攻撃のひとつの材料になりつつある。
福田氏は福田康夫元首相の息子。康夫氏と安倍氏は同じ派閥(清和政策研究会=現安倍派)だったが、政策も政治手法も異なり、両者には距離があった。康夫氏は、日中の民間団体が開催した先月25日の講演会でも、来年の日中国交正常化50周年について、「今のような緊張と対立のコースを歩み続ければ、50年築き上げてきた平和友好関係は大きく傷つけられる」と懸念を表明している。息子の福田達夫氏ももちろん安倍派に所属してはいるが、父親同様に安倍氏とは距離がある。
一方、佐藤氏が会長を務める外交部会は党の政務調査会に連なる組織。つまり、いまや安倍氏と一体化している高市早苗政調会長の傘下にあるのだ。
「自民党内は、政調会は高市会長の下、古屋圭司会長代行、新藤義孝会長代理など安倍シンパの対中強硬派がズラリ。一方、総務会は福田会長の下、森山裕会長代行、小泉進次郎会長代理と菅義偉前首相や二階元幹事長に近いメンバーです。党の組織が安倍氏との距離感で分断されたような状態に見えます」(自民党関係者)
直近の課題は、欧米が検討している来年2月の北京五輪の「外交ボイコット」への対応だ。中国国内の新疆ウイグル自治区や香港などでの中国当局の人権問題を理由に、米国のバイデン大統領は自身や米政府当局者を北京五輪には派遣しない意向。これに対し日本は、岸田首相が「日本は日本の立場で物事を考えたい」と話し、独自路線を行く可能性も出ている。政府内では「スポーツ関係の人物なら」と、室伏広治スポーツ庁長官を派遣する案も浮上しているという。
安倍氏と高市氏は岸田首相の牽制に余念がない。高市氏は24日の講演で、林外相の訪中について「(外交部会の)佐藤先生がそのうち外務省や官邸に乗り込んでいく事態も想定されるのかなと思っている」と発言。中国の人権問題について「台湾が万が一、今の香港の状況になってしまったら、地獄のような状況が生まれる」と話し、北京冬季五輪の「外交ボイコット」について「相当高度な政治判断をしなければいけない」と迫った。
安倍氏は以前から台湾の李登輝元総統の墓参りをしたいと話しており、首相経験者初の台湾訪問に意欲を示している。訪台すれば、岸田政権は苦しい立場に追い込まれるのは間違いない。
「岸田首相は参院選までは、対中政策で硬軟織り交ぜたどっちつかずの対応で乗り切りたい考えだろう。選挙向けには、安倍さんや高市さんに期待するタカ派の『岩盤支持層』の支持をキープする必要もあるので、敵基地攻撃能力の保有や憲法改正について前向きな発言もしています。岸田首相は上手に安倍さんを立てつつ、それでもじわじわ安倍離れを進め、参院選後に独自カラーを出していくのではないか。参院選が終われば、衆院解散をしなければ3年間は選挙がないので、じっくり本格政権作りに臨める。ただ、北京冬季五輪は日米関係も絡むし、参院選の前ですからねえ」(官邸事情通)
北京冬季五輪をどうするのかが、岸田外交の最初の試金石になりそうだ。
(文=編集部)