ロシア、じわじわ世界への影響力高める…エネルギー政策で欧州に圧力

 特にドイツ国外で批判の急先鋒だったのが、アメリカのドナルド・トランプ前大統領だった。ドイツは2014年のクリミア侵攻でロシア制裁に参加したのに、ノルド・ストリーム2の建設を進めることは、アメリカへの裏切り行為だと疑ったのである。

 また、NATO(北大西洋条約機構)を通してアメリカに対ロ安全保障にコストを払わせながら、ロシアにエネルギーを依存するのは「二股外交」であるというのがトランプ前大統領の見方だった。

 ドイツのノルド・ストリーム2建設が、反米的政策の要素を含んでいるのはおそらく間違いない。またそれと同時に、ウクライナがNATOに接近しロシアと対立するようになったのは、パイプラインにおける不安要因になっている警戒感から来た面も小さくない。

ロシアとEUの間で板挟みのドイツ

 トランプ前大統領は、ドイツへの制裁を何度か検討していたほど、ノルド・ストリーム2への反発を強めていた。後を継いだバイデン大統領は、当初こそドイツへの制裁を検討したものの、ノルド・ストリーム2がすでに完成していたことを理由に、制裁は実施しないと発表した。つまり、あとはドイツとEU次第という状況だ。

 ただ、ロシア人反体制指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏がロシア当局によって拘束されたことで、欧州議会もノルド・ストリーム2の工事中止を求める決議を出さざるを得なかった。ドイツがノルド・ストリーム2を承認すれば、ドイツがEUにおいて自国の利益のみを追求しているとして孤立する可能性もある。

 だが、ドイツは2030年にCO2を65%削減(1990年比)するという、EUよりも一段厳しい目標を設定しており、目標達成には天然ガスの確保が欠かせなくなっている。また、国内世論も、確かに一部の環境NGOなどがノルド・ストリーム2承認に反対しているものの、国民の多くは「背に腹は代えられない」として承認に前向きだと伝えられている。

 ロシアはすでにOPEC(石油輸出国機構)プラスの実質的なリーダーとなっており、アメリカが「地産地消」で中東への関与を抑えるなかで、原油価格でもその影響力はサウジアラビアを凌駕しており、世界のエネルギー政策の中心となりつつある。

 GDPが米中やEUにはるかに及ばないロシアが、ここのところ存在感が増しているのは、軍事大国であることをバックに、世界のエネルギー政策に大きな影響力を及ぼせる立場になったことが大きい。EUの中心であるドイツが、ノルド・ストリーム2をきっかけにロシアとの結びつきを強めれば、今度はアメリカがエネルギー政策でロシアに追い詰められる可能性もないとは言い切れなくなっている。

 日本の仮想敵が中国である以上、中ロ関係にくさびを打つためにも、ロシアとの友好関係が必要だ。サハリンからのパイプライン計画を進めるべきだと、筆者は考えている。中国もロシアも危険な国だが、中国の危険度はロシアの比ではない。なにしろ、ロシアは曲がりなりにも民主主義国家だが、中国は独裁国家だ。どちらを味方にすべきかは、言うまでもない。

(文=白川司/評論家、翻訳家)

白川司(しらかわ・つかさ) 評論家・翻訳家。世界情勢からアイドル論まで幅広いフィールドで活躍。著書に『日本学術会議の研究』『議論の掟』(ワック刊)、翻訳書に『クリエイティブ・シンキング入門』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)、近著に『そもそもアイドルって何だろう?』(現代書館)。「月刊WiLL」(ワック)で「Non Fake News」を連載中。