「いえ、実態としてはそうとも限りません。今のゲーム制作は少人数で作るか、ものすごく多くの人数で作るか二極化されているんです。大人数で作り上げることの多い大企業の場合は、役割に応じて専門性を活かしたチームを作ってひとつのものを作り上げるので、数学の知識が皆無という人も当然たくさんいます。ただ、近年では海外企業に外注する例が増えていて、数学に限らず専門性に乏しいクリエイターは仕事が減りつつあります。
あとは、近年では無料で使えるゲーム開発ツールが潤沢になってきています。ですからゲームの開発技術がそれほどなくても、わりと手軽に、言ってしまえば子供でも作れるようになったんです。ですが、そうなると差別化が難しくなって売り上げが上がらなくなりますよね。その差別化のための有効手段のひとつが、“他社と違う積み木のパーツを作る”ことになるんです。そのため、今は専門性の高い数学の知識を持ったプログラマーが非常に求められています」(小野氏)
この度セガが社内資料を公開した理由にも、そういった人材確保に向けた目論見があったのだろうか。
「人材確保のための一手ともいえるでしょう。例えば、AI(人工知能)の研究・開発はゲーム業界でもさかんに進められています。そのAIという積み木をひとつ作るためには、ものすごく高度な数学のスキルが必要になり、いわゆるGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)の社員レベルの人材を業界内外で取り合いしているような状況なんです。大手ゲームメーカーが競争に勝ち抜くうえで、数学知識に長けた人材を確保できるかどうかは死活問題でもあります。
他には、業界全体の底上げの狙いもあるでしょう。学習指導要綱の改定に伴い、数学の履修状況の差が広がっています。さらに、前述したように便利なツールが普及してゲーム開発の均質化が進んだことで、大手のゲームメーカーとしては「その先を行く」プログラマーが欲しいという危機感があるんですね。ですから、セガは人材育成に熱心だというアピールとともに、業界志願者に“この程度の数学知識は必要”というメッセージを示したともいえるでしょう」(小野氏)
さらに、その先にある“セガの密かな意思表明”について小野氏は言及する。
「かつてよく使われ、今でも存在するセガの社是『創造は生命(いのち)』は、『新しいものを作り、新しく挑戦していくことが、競争力の源泉になる』といった意味があります。その『新しいもの』のなかには技術力が含まれているわけです。ですから、セガって昔はよく、世間に浸透するには10年早かった、と言われるようなゲームばかり作っていたんです。
ただ、セガがドリームキャストの製造終了をもって家庭用のハードウェア事業から撤退した2001年頃から、技術力で尖っている感じはしなくなってしまいました。この20年ほどで日本のゲーム業界の国際競争力が低下し、閉塞感が生まれている背景の一つに、技術力の低下があるのは事実だと思います。
ですが、コロナ禍における巣ごもり消費の影響なのか、昨年からは家庭用ゲームの売り上げが非常に伸びてきていて、反対にソーシャルゲームなどのスマホゲームの売り上げが停滞しているんです。今がチャンスである一方、家庭用ゲームの売り上げを伸ばすためには高度な技術力の確保が必要。ですから、セガとしては社内資料公開を機に、最新技術の開発に対して貪欲で10年早いものを作るセガと再び呼ばれるようになるぞ、といった意思表明をした部分も、少しはあるのかもしれませんね」(小野氏)
この度の社内資料公開がセガ従来のアイデンティティを取り戻す一歩になるかどうか、今後の動きに注目だ。
(文=二階堂銀河/A4studio)