圧倒的世界シェアのTSMC、なぜ今、日本に拠点を設置?日本の半導体関連企業との関係強化

 前後の両工程において、東京応化はコスト、感度、基板と部材の密着性など、世界の半導体メーカーの要求を満たす感光材を提供してきた。それが、TSMCの微細化と歩留まり向上に与えた影響は大きい。それは、日本の他の半導体部材メーカーや半導体製造装置メーカーにも当てはまる。そうした要素がなければ、日本政府からの熱心な呼びかけがあったとしても、TSMCは研究・開発拠点を設けないだろう。

 重要なことは、なぜ今、TSMCが日本に拠点を設けるかだ。世界的な半導体需要が見込まれる中で後工程への取り組みを強化することは、その理由の一つだろう。それ以外にもTSMCが日本を重視する理由が思い当たる。

 例えば、現在、台湾では世界的な半導体不足の深刻化などによって、電力や人材が不足している。干ばつによる水不足も深刻だ。TSMCがそうしたリスクに対応するために、日本において東京応化などとの関係を強化することは、柔軟なサプライチェーンを目指すために重要だろう。

 TSMCは地政学リスクにも対応しなければならない。経済の側面から考えると、「中国製造2025」の実現のために中国共産党政権は、TSMCをはじめとする台湾半導体産業への影響力の拡大を目指し、台湾への圧力を強めようとしているようだ。TSMCがそのリスクに対応するために、微細化や後工程分野での取り組み強化に欠かせない東京応化などが本拠地とする日本に研究開発拠点を設けることは、想定外の展開に対応するために重要といえる。

 先に示した半導体生産プロセスに基づいて考えると、TSMCが重視していることは、半導体生産の総合力向上だろう。そのために、TSMCは、微細化や後工程での取り組みなど自社の付加価値の源泉と、それを支える社外の要素を、鎖で強固につなぐようにして価値が自社外に逃げないようにし、競争優位性をさらに高めようとしているとの印象を持つ。

重要性増す東京応化など半導体部材メーカー

 東京応化がTSMCにとって不可欠なサプライヤーとしての地位を確立した背景には、日本産業の成長が影響している。1970年代以降、テレビなどの家電分野で日本企業は世界的シェアを獲得した。それが需要源となって日本の半導体産業が成長した。1986年に日本の半導体メーカーの世界シェアは米国を抜き、世界トップ10社のうち実に6社が日本企業だった。その多くが、東京応化が本社を置く神奈川県川崎市周辺(京浜工業地帯の一部)に拠点を置いた。今日、日本の半導体メーカーにかつての強さは見られない。

 しかし、東京応化は世界最大手のフォトレジストメーカーとしての競争優位性を発揮している。その根底には、同社が日本半導体メーカーの要求に応えて微細かつ高純度のモノづくりの力を磨き、さらにはその力を海外で発揮したことがある。

 世界経済全体の今後の展開を考えると、当面の間、半導体供給者としてのTSMCの重要性は増す可能性がある。TSMCは日本の半導体部材、製造装置メーカーとの関係を重視している。他方で、日本には、TSMCやサムスン電子などの半導体メーカー、アップルやエヌビディアなどのファブレス企業、アマゾンなどの大手ITプラットフォーマーが見当たらない。日本経済が世界経済のデジタル化の恩恵を享受するために、東京応化など半導体部材メーカーの重要性は高まるだろう。なぜなら、部品を組み立てて作られる機械やチップと異なり、微細な化学製品は模倣することが困難だからだ。

 ニッチな分野でのモノづくりの力は、中長期的な日本経済の展開に無視できない影響を与える可能性がある。日本の微細、および精緻なモノづくりの力が発揮され、それが世界のIT先端企業などから必要とされている足許の状況は、日本の企業と経済が成長を目指す“最後のチャンス”といっても過言ではない。

 東京応化をはじめ日本の半導体部材や製造装置関連企業がTSMCとの研究・開発を強化できれば、関連分野における日本企業のシェアは高まり、経済のダイナミズム向上にも相応の影響があるだろう。そうした観点から東京応化がどのように微細かつ高純度のモノづくりの力を高め、発揮するかに注目したい。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

●真壁昭夫/法政大学大学院教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。

著書・論文

『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)

『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)

『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)

『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)

『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。