アサヒビールは6月15日、出荷停止中の缶ビール「スーパードライ生ジョッキ缶」を再発売し、7月以降も数量を限定して発売する。10月以降は未定だ。同商品は、上面のふたを全開できる缶ビール。開栓するときめ細かい泡が自然に発生し、飲食店のジョッキで飲む樽生ビールのような味わいが楽しめるというのがウリだ。
コンビニエンスストアで4月6日に先行発売を開始すると、ニュースサイトやSNSなどで大きな話題となった。想定を超える販売量に生産が追いつかず、発売2日後の4月8日に出荷を一時停止。4月20日にスーパーなどの全業態で販売を開始したが、翌21日には再び出荷停止に追い込まれた。4月の販売分の98万ケース(1ケースは340ml缶×24)が売り切れたためだ。
6月15日からの再販売は30万ケースに数量を限定している。7月以降は7月13日、8月3日、9月7日に数量を限定して売り出す。「日本初」と、大々的に全国紙に全面広告を出しながら、「需要を読めなかった」という理由で販売を中止した。
生ジョッキ缶を公表したのは1月の年初発表会。4月発売までの3カ月間を戦略的なマーケティング期間とし、ビールになじみの薄い20~30代をターゲットにした。アサヒビールはワイドショーやバラエティー番組での商品の露出を狙ったようだ。2月にはお笑い芸人の松本人志さんがテレビ番組で商品を取り上げている。こうした情報を視聴者がSNSで拡散したことで、発売前から需要が広がりを見せた。
アサヒの生ジョッキ缶は20~30代のSNS世代をターゲットにしており、多くのフォロワーを抱えるインフルエンサーへの訴求が欠かせなかった。Instagram、YouTubeなどで活躍するインフルエンサーなど2000人に発売前に試飲してもらった。彼ら、彼女らが写真や動画とともに「スーパードライ生ジョッキ缶」を飲んだ体験談を語った。
ウリである泡が噴きこぼれた缶の写真を添えてSNSに投稿する人も出てきた。「議論したくなる、つっこみたくなる、写真を撮りたくなる」という、口コミで広がる3つの条件をこの商品は満たした。生ジョッキ缶は缶の内部にクレーター上の凹凸がある。開封して缶の圧力が解放されると、凹凸部分から発泡する仕掛けになっている。
では、なぜ需要予測を読み誤ったのか。アサヒビールは、商品の需要予測に数年前からAI(人工知能)とビッグデータを取り入れている。ビールの売り上げは天気やイベント、プロモーションの方法などで大きく左右される。そこで過去の売り上げのビッグデータを活用し、より精度の高い需要予測につなげるつもりだった。
「AIの予測の上を行き、既存の理論や法則では説明がつかない状況になった」と解説する専門家がいる。アサヒはAIに基づく需要予測に基づき、「生ジョッキ缶」の生産計画を年間300万ケースから400万ケースに増やし、製缶会社に発注していた。それでも需要の上振れを補えなかった。ふたを製造する会社に新たな生産ラインの増設を要請し、仕切り直しすることにした。
「生ジョッキ缶」は缶のふたが供給のボトルネックになっている。食品の缶詰などに使われているもので、ビールなど飲料向けに採用するのは初めてだという。新しい製造ラインが整備されるのは秋以降になる見通しだ。
「売り切れ(を煽る)商法というのはもう古い。安定的に商品を供給できる体制を整えることがユーザーに対する最大のサービス」(ビール会社の販売担当の課長)
業務用ビールに強いアサヒはコロナで大きなダメージを受けた。会心のヒット作になるはずだった生ジョッキ缶だが、安定的な供給ができなければブームはあっという間に終わる可能性もある。
(文=編集部)