しかし、足元では昨年のコロナショックを受けた世界経済の低迷から、循環的に景気が回復しつつあること等により、原油価格が持ち直し傾向で推移している一方、欧米諸国ではワクチン接種率の上昇などを受けて、市場の金利水準もコロナショック時から上昇している。こうなれば、世界のマネーの流れは相対的に高金利の国に流れやすくなることに加えて、為替もリスク回避通貨とされる円が買われにくくなり、今後は昨年より高水準のガソリンや電気代の価格が維持される可能性が高い。つまり、今後のガソリン等を含む「自動車等維持」や「電気代」等の支出は昨年よりも増加すると見ておいたほうが良いだろう。
一方、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動減も永遠に続かない。需要の先食いといっても、5年も10年も先の需要まで前倒しできないためだ。事実、経済産業省「商業動態統計」によれば、自動車や機械器具小売業の販売額指数は、いずれも昨年中に底打ちをして、持ち直し基調にある。従って、ガソリンや光熱費が上昇する中で消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動が軽減すると、特に車や家電、リフォーム等の支出を中心に全体の消費支出の拡大を通じてエンゲル係数の押し下げ要因となる。
さらに重要なのは、日本国内でもワクチンの接種が進みつつあることがある。事実、英国医療調査会社「エアアフィニティ」が昨年12月に公表した各国の集団免疫獲得時期の見通しを見ると、日本は欧米諸国には大きく遅れるものの、医療従事者や高齢者への接種完了時期が今年10月、集団免疫獲得時期が来年4月となっている。このように、今後日本国内でもワクチンの接種が順調に進めば、徐々に異動や接触を伴う支出が回復することが期待できるといえよう。そして、こうした移動や接触を伴う支出の持ち直しは平均消費性向の上昇を招き、結果としてエンゲル係数の低下圧力になるといえる。
世間ではエンゲル係数急上昇について「生活水準の低下」との見方がされている。しかし、今後予想される携帯料金の引き下げに伴う余分な通信料出費の減少に伴いエンゲル係数が上昇しても、それは単純に生活水準の低下とはいえず、こうしたエンゲル係数の上昇は割り引いて考える必要がある。
つまり、本当の意味での生活水準の低下には、単純な消費支出の減少だけでなく、家計の実収入の減少や増税等による非消費支出の増加等を通じた可処分所得の減少が必要となる。そしてそうなるには、家計の可処分所得の減少により消費支出がやむなく減少することによるエンゲル係数の上昇がもたらされることが不可欠といえよう。従って、エンゲル係数を評価する場合は、単純な食料費と消費支出の関係だけではなく、その背景にある相対価格や可処分所得、平均消費性向等に要因を分解して慎重に判断すべきだろう。
(文=永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト)
●永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト
1995年早稲田大学理工学部工業経営学科卒。2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年第一生命保険入社。98年日本経済研究センター出向。2000年4月第一生命経済研究所経済調査部。16年4月より現職。総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事、跡見学園女子大学非常勤講師、国際公認投資アナリスト(CIIA)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使、NPO法人ふるさとテレビ顧問。