日用品を生産している久喜工場(埼玉県久喜市)はファンドへの売却対象に含まれていない。資生堂が製造を続ける。
コロナ前はインバウンド景気で賑わっていた銀座最大の商業施設「GINZA SIX(ギンザ シックス)」で大量閉店が相次いだ。インバウンドバブルの崩壊を象徴する出来事だった。資生堂は地下1階の化粧品売り場に最高級ブランド「SHISEIDO」を出していたが、撤退した。
化粧品業界はインバウンドの増加と軌を一にして成長してきた。市場調査会社の矢野経済研究所の統計によると国内化粧品市場は免税制度が拡充した14年から成長が続き、19年度は14年度比16%増の約2兆7000億円に達した。
観光庁によれば19年に2985万人にのぼった一般訪日客の化粧品・香水の消費額は1人当たり1万4439円。客数に単価をかけた単純計算で訪日客向け化粧品市場は4310億円と、全体の16%を占める。
インバウンドバブルの崩壊で4310億円の市場が蒸発したことになる。国内化粧品メーカーは危機的状況に陥った。大きな需要が消失するという渦中に、資生堂が失態を演じたことはあまり知られていない。自社EC(ネット通販)サイト「ワタシプラス」で起きた騒動だ。昨年11月11日から、主力ブランドの「SHISEIDO」の化粧水と美容液、美白クリームの3点セットを2万9700円で販売した。この3点合計の定価は3万5860円であり、6160円も安かった。
化粧品専門店(リアル店舗)がこれに激しく反発した。総合スーパーやドラッグストアの安値攻勢に神経を尖らせている状況に、メーカーまでが値引き競争に加速するのであれば、まさに死活問題だ。「定価で売っている我々がバカをみる」と抗議した。11月30日に値引き販売を停止。魚谷社長が専門店に「お詫び文」を出した。
インバウンドバブルの崩壊で、訪日客に人気があった高級化粧品「SHISEIDO」が大量在庫になったため、在庫を減らすために値引き販売したわけだ。目先の利益にとらわれてブランドイメージを自ら傷つけたことになる。
日本コカ・コーラで数々のヒットCMを手掛け、マーケティングのプロといわれた魚谷氏が14年4月、資生堂の社長に就任し、低迷していたブランドの再生を託された。
ブランド再生のキーワードはプレステージブランド、ボーダレスマーケティングだった。ボーダレスマーケティングとはインターネットの普及により国境の壁をなくして売り込む戦略を指す。魚谷氏が最も得意とするところだ。
プレステージブランドでは「SHISEIDO」や「クレ・ド・ポーボーテ」といった高価格化粧品に注力。中国人観光客に焦点を合わせ、日本でプレステージ化粧品を手にとってもらい、帰国後、中国で購入してもらうという、ボーダレスマーケティングが功を奏した。資生堂は蘇り、魚谷氏は24年までの続投が決まった。
こうした最中、コロナ禍によるインバウンドの蒸発が魚谷体制を襲った。中国市場が頼りである。中国の化粧品市場は拡大が続く。英国の調査会社、ユーロモニターインターナショナルによると19年は約4兆5000億円と15年に比べて6割増えた。経済成長に伴って中間層が厚みを増しており、24年には7兆4000億円に市場が拡大すると予測されている。中国の化粧品の市場規模は、すでに日本の2倍だ。インバウンド需要を一気に失った化粧品各社は中国向けの電子商取引(EC)に活路を求める。
日本では店頭で試した後に買う人が多くEC利用率は6%弱にすぎないが、中国のEC購入率は7割と圧倒的に高い。昨年11月1~11日に開かれた中国の年間最大のネット通販「独身の日」の取扱高は12兆円にのぼった。アリババの越境EC(電子商取引)サイトでは日本の製品・サービスが米国などを抑えて5年連続で第1位となった。
輸入ブランドのトップは日本の美顔器メーカーのヤーマン。4位がスキンケア系の化粧品を伸ばした花王。5位の資生堂は30以上の化粧品ブランドを扱った。 資生堂は高級化粧品プレステージブランドのEC取引に活路を見いだそうとしている。
(文=編集部)